« ダイバーダンの耳かき -和歌山県和歌山市- | トップページ | きしめんの耳かき -愛知県長久手市- »

2014年3月 9日 (日)

関東の和菓子と関西の和菓子 -和菓子の比較検証-

 桜餅と言えば,私はもち米(道明寺粉)の中に餡をくるんで桜の葉で包んだものを想像しますが,関東では道明寺粉ではなく,小麦粉に白玉粉などを混ぜた桜色の生地に餡をくるんで桜の葉でつつんだものを,道明寺に対し,長命寺(ちょうめいじ)と言って親しまれているようですね。先日,長命寺桜餅を初めて食べてみましたが,風味こそ桜餅でしたが,食感が異なり,道明寺粉で作られる桜餅でずっと育った私には,全く別物のようにも思えました。

「長命寺桜餅」
Photo_5

 この2つの桜餅の違いは,すなわちもち米か小麦粉かという話ですが,なぜ関東と関西で異なるのか,私なりに比較・検証してみました。

<関東は小麦,関西は米が盛んに食べられるのか>
 当初は,小麦粉の生産が関東の方が盛んだったのではないかとか,関西では,大坂・堂島の米市場に代表されるように,うるち米やもち米など米の取扱いに慣れていたのではないかなどと考えたのですが,明確な違いはないようでした。そもそも,小麦は,米の裏作として作られていた程度で,戦後の食糧不足対策・学校給食対策として,アメリカから余剰小麦粉が提供され,学校給食を中心にパン食が広まった頃から,小麦粉が身近な食材になっているのです。
 ただ,後程の項目にあるように,具体的にそれぞれの菓子を検証してみると,一方が米なら,もう一方は小麦粉と,食材を別にしている傾向があるのはとても興味深い話です。

<京都の和菓子>
 和菓子作りの中心は京都であり,京菓子(上菓子)と呼ばれ,茶道の発展とともに,現在に至るまで,確固たる地位が築かれています。それゆえ,伝統的な米を使った菓子作りのノウハウも十分にあり,それに対応できる菓子職人も多くいたことから,芸術性のある多様な菓子が数多く生まれています。

<江戸の特殊な食生活>
 一方,江戸では,都市化が急速に進む一方,独身・単身赴任の男性中心社会だったことから,様々なファストフード(寿司,そば,天ぷらなど)が生まれ,外食産業も発展しています。また,食事では,精白された米や小麦粉が食べられ,「江戸患い(脚気)」という言葉が生まれたように,地方農村部とは異なった食生活となっていました。

<江戸時代の和菓子の発展>
 菓子についても,穀物の粉を挽く石臼が次第に普及し,煎餅・きんつば・今川焼き・どら焼きなど,餡を包んで小麦粉の生地で焼く菓子が,江戸時代に創製されています。これらの菓子の特徴は,もち米で作る菓子に比べて,手っ取り早く,京菓子(上菓子)のような芸術品としての菓子作りのノウハウを持たなくても作れたことだと思います。私は,こうしたそれぞれの地域のニーズに合った作り方が,関西の米粉と関東の小麦粉の違いとなって表れているのではないかと思っています。

「きんつばの実演」
Photo_6


<関東と関西の対抗意識―桜餅編―>
 「桜餅」の歴史は,徳川吉宗の命により隅田川沿いに桜が植えられ,その管理を行っていた山本新六が桜の葉の塩漬けを用いて桜餅を作り,長命寺の前で売りだしたのが始まりといわれています。その後,上方でも桜餅が作られるようになりましたが,関東風の小麦粉生地をそのまま受け継がず,道明寺(大阪府藤井寺市)にあやかったもち米「道明寺粉」が用いられました。道明寺粉は,菓子だけでなく,京料理にも使われていたようで,馴染みのある材料だったのも一因かもしれません。

「道明寺桜餅と長命寺桜餅」
Photo_7


<関東と関西の対抗意識―きんつば編―>
 「きんつば」の歴史をみると,きんつばのルーツは京都の「ぎんつば(銀鍔)」にあります。色が銀色で,刀の鍔に似ていることがその名前の由来となっています。銀色とされたのは,上方が商業・公家の文化であり,銀の流通が盛んだったことも影響しているのでしょう。この「ぎんつば」の皮はうるち米の粉で作られていました。その「ぎんつば」が,江戸に入ると,「銀よりも金」という考えや,江戸の貨幣流通が金だったことなどから,「きんつば(金鍔)」と名を変え,皮も小麦粉で作られるようになっています。現在は様々なきんつばが売られていますが,焼き色を黄金色にしているきんつばもあります。桜餅とは逆ですね…。

「きんつば」
Photo


<関東と関西の対抗意識―端午の節句編―>
 端午の節句には,関東では「柏餅」が,関西では「粽(ちまき)」が,それぞれ盛んに食べられています。柏餅のかしわの木はなかなか葉が落ちず,その生命力の強さから,武家社会である関東で広く受け入れられました。一方の粽はもともと中国の菓子で,日本には平安時代頃に伝わった歴史のある菓子で,京菓子としても位置付けられることから,関西で盛んに食べられるようになっています。

<関東と関西の対抗意識―煎餅編―>
 関東ではうるち米を搗いて醤油で味付けした「草加せんべい」が有名ですが,関西では,小麦粉,砂糖,玉子などを原料とした甘い煎餅も多く作られています。この甘い煎餅は,中国から伝来した「唐菓子(からくだもの)」の伝統を受け継いでいるもので,前述の粽と同様,歴史や伝統のある菓子は関西の割合が高いという結果となっています。

<まとめ>
 古くから都としての歴史を持ち,商業・公家の文化の強い京都・大坂の人々と,世界有数の大都市として急成長を遂げる政治・武士の文化の強い関東の人々では,それぞれに地域性や伝統がありますし,お互いが他地域の文化をそのままのかたちで受け継ぐのではなく,自分の地方の実情に合った独自の文化を築き上げようという意識や誇りもあったと思います。
 傾向として,関東では,既成の製法にとらわれず,新たな発想・作り方も取り入れた和菓子文化を形成し,関西は中国や南蛮菓子からの伝統や菓子作りの芸術性を重んじた和菓子文化を形成しているように思えます。
 こうしたお互いの地域性,伝統,意識,誇りと言ったものが,桜餅,きんつば,柏餅,粽,煎餅などの違いとして表れている原因ではないでしょうか。

« ダイバーダンの耳かき -和歌山県和歌山市- | トップページ | きしめんの耳かき -愛知県長久手市- »

食文化事例研究」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 関東の和菓子と関西の和菓子 -和菓子の比較検証-:

« ダイバーダンの耳かき -和歌山県和歌山市- | トップページ | きしめんの耳かき -愛知県長久手市- »

最近のトラックバック

2021年6月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ