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2015年4月23日 (木)

しょうゆの研究5 -日本料理における醤と醤油の役割(平安時代と室町時代の献立の比較検証)-

平安時代の宴の献立と醤

 醤(ひしお)のルーツとされる中国では,紀元前3世紀の『周礼』に,王の食用として120種類の醤が記録されていたり,孔子が『論語』の中で「料理にふさわしい醤がなければ食べない」と述べていたりと,醤は食事の中で重要な位置を占めていたようです。

 日本においても,現代と比べるとごく限られた料理・調味法しかなかった時代には,醤は,より美味しく塩を摂取するための調味料であったとともに,素材をより豊かな味にしてくれる万能調味料として重宝されたことでしょう。

 平安時代の宴の献立から,醤の役割を考えてみたいと思います。

(平安時代の宴の献立)

Photo

(北岡正三郎『物語 食の文化』(熊倉功夫『日本料理の歴史』)から引用。一部加工)

 この画像は,平安時代に内大臣藤原忠通が催した宴に出された膳の献立ですが,唐菓子や木の実,干物と並んで,生の魚介類と鳥肉が並べられているのがわかります。内陸にあった都で,これだけ生の食材を出せること自体が当時では贅沢の極みだったわけですが,それにしても手の込んだ料理というよりは,「素材と品数で勝負」という印象を持ちます。

 そうしたあまり手の加えられていない料理に味をつけ,美味しく食べるために用意されているのが,手前に飯と一緒に並べられている,「塩,酢,酒,醤」という四種器に盛られた調味料です。
 これらの調味料は,味を決める重要な役割を担っています。塩以外は発酵食品だということも興味深いことです。古代から発酵がもたらす旨味をうまく利用していたとも言えるでしょう。

 また,「醤酢」(
「しょうゆの研究4 -鯛と醤酢(ひしおす)・ひしお飯-」参照)のように,これらの調味料を何種類か混ぜ合わせ,自分の好みのオリジナル調味料を作って,より豊かな旨味をもたせて食べられていたのではないかと考えられます。


限りない発展の可能性を持った醤


 塩,酢,酒はそれ単体で完成形ですが,醤は,数々の食品を塩漬けにし,発酵させて作られることから,食材によって様々な味や旨味をもたせることができる,限りない発展の可能性をもった調味料だったと言えるでしょう。

 その醤は様々な味に変化し,発展しながら,日本の醤油が生まれ,今日に至っているのだと思います。



日本料理が確立した室町時代


 室町時代は,現在に続く日本料理の体系や,日本型食生活の基本が確立された時代と言えます。

 その要因として,

・禅僧により精進料理,懐石料理(点心)の体系がもたらされ,それらの料理に用いられる,茶,豆腐,麩,饅頭,羊羹など中国伝来の食品が普及したこと
・日元・日明貿易により新しい食材,食品,加工法,食の考え方が幅広く取り入れられたこと
・京都にあっては,宮廷貴族の食文化と武士の食文化が影響し合ったこと
・地方にあっては,守護大名が領地の開発を進め,多くの食材が出回るようになったこと
・応仁の乱の影響を受けて「わび(侘び)」,「さび(寂)」という美意識が生まれ,その影響を受けて禅文化,茶の湯,懐石料理も発展したこと
・農業技術が進歩し,米など食糧の生産量が増加したこと
・造船技術が進歩し,漁獲量が増加したこと

 などが挙げられます。

 そして今回特筆すべき要因が「醤油の普及」です。

 醤油は,室町時代以降,西日本各地で製造されるようになり,日常生活に浸透していきました。このころから「刺身」という言葉が使われるようになり,醤油を用いた煮物や汁物の料理も増えて,日本料理に革命的変化を起こすこととなりました。



室町時代の本膳料理と醤油


 室町時代に,平安時代の饗宴料理を受け継ぎ,武家社会の礼法を取り入れた饗宴料理として「本膳料理」が確立しました。以降,この本膳料理が日本料理の正式な膳立てとなり,今日に至っています。

(室町時代の本膳料理の配膳図)

Photo_2
(北岡正三郎『物語 食の文化』(熊倉功夫『日本料理の歴史』)から引用。)

  平(ひら):煮物用の平らな蓋付きの器
  坪:本膳につけられる煮物用の深めの蓋付きの椀
  猪口(ちょく):酢の物や和え物を盛る小鉢
  台引:口取と呼ばれる甘味類(羊羹,寒天,蒲鉾,伊達巻など)が盛られる。

 平安時代の膳の献立との違いは,銘々膳(一人一人に用意された膳)の寄せ集めで構成されていることと,醤油を用いた汁と煮物料理の占める割合が大きくなっていることです。

 本膳料理の配膳図に,醤油が使われた可能性の高い料理に色を付けてみました。汁を赤色,煮物を青色,刺身を黄色で示すと次のようになります。

(室町時代の本膳料理の配膳図[汁と煮物の構成])

Photo_3
(北岡正三郎『物語 食の文化』(熊倉功夫『日本料理の歴史』)から引用。一部加工)

 この図を見ると,色をつけた料理の割合が多いことがわかります。これらの汁や煮物料理の全てに必ず醤油が使われたとは言い切れませんが,逆に猪口などにも醤油が用いられた可能性もあるでしょう。
 いずれにせよ,醤油が料理の基本となり,日本料理の体系が確立したと言うことができます。

 素材そのものに重点を置く日本料理においては,その素材の持ち味を生かし,旨味を増すことのできる発酵調味料にかける情熱は並大抵ではなかったと思います。

 醤はそうした環境の中で育まれ,様々な味に変化し,発展しながら,やがて世界に誇る万能調味料「醤油」の誕生につながったと言えそうです。

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