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2016年4月

2016年4月25日 (月)

しょうゆの研究9 -手作り醤油キットから醤油の発酵と熟成を学ぶ(下半期)-

 手作り醤油キットで1年間,醤油(もろみ)の発酵・熟成を行いました。

 今回は上半期(2015年2月1日~8月1日,「しょうゆの研究8 -手作り醤油キットから醤油の発酵と熟成を学ぶ(上半期)-」参照)に続き,下半期(2015年9月1日~2016年2月1日)の経過を御報告します。


仕込みから7ヵ月後(2015年9月1日)

(仕込みから7ヵ月後の様子)
201509017

(仕込みから7ヵ月後のもろみ)
201509017_2

 発酵はなくなり,ペットボトルに溜まったガスを抜く作業が不要となりました。

 ペットボトルの中のもろみの高さも,6月から変わっていません。

 もろみの中の大豆が崩れ,ほぼ液体となりました。むしろ麦の粒の方が目立つようになりました。

 液体の色も濃さを増し,香りも,麹の香りがほぼなくなり,醤油の香りになってきました。

 味は,若干塩辛さが目立ちますが,醤油の味に近いです。

 もろみ醤油と言ってもよい状態だと思います。


仕込みから8ヵ月後(2015年10月1日)

(仕込みから8ヵ月後の様子)
20151001

(仕込みから8ヵ月後のもろみ)
20151001_2

 9月1日時点と同様,発酵は少なくなり,ペットボトルの中のもろみの高さも,6月から変わっていません。

 変化と言えば,もろみの液体の色が濃くなっていることで,麦の粒も溶けてきました。

 味や香りも少しずつ醤油に近づいているような気がします。


仕込みから9ヵ月後(2015年11月1日)

(仕込みから9ヵ月後の様子)
201511019

(仕込みから9ヵ月後のもろみ)
201511019_2

 ペットボトルの中のもろみの高さも,6月から変わっておらず,ずっと安定しています。

 もろみの液体の色がだんだん濃くなっており,麦の粒もかなり溶けてきました。

 とは言え,大豆も若干原型をとどめたものがある状態です。

 味は,醤油らしく丸みを帯びてきています。


仕込みから10ヵ月後(2015年12月1日)

(仕込みから10ヵ月後の様子)
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(仕込みから10ヵ月後のもろみ)
2015120110_2

 ペットボトルの中のもろみの高さも,6月から変わっておらず,ずっと安定しています。

 ここまで経てば大豆は溶けているだろうと思いましたが,まだ若干原型をとどめたものがありました。

 味のうま味が増しており,日本人が求めたうま味はこれなのかと思いました。


仕込み完了から11ヵ月後(2016年1月1日)

(仕込みから11ヵ月後の様子)
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(仕込みから11ヵ月後のもろみ)
2016010111_2

 ペットボトルの中のもろみの高さも,6月から変わっておらず,ずっと安定しています。

 大豆はほぼ溶けており,どろっとした液体になっています。

 色もかなり濃くなり,黒色に近づいています。この段階で絞っても十分醤油になっていると思いましたが,せっかくなので1年後となるあと1か月様子を見ることとしました。


仕込み完了から12ヵ月(1年)後(2016年1月30日)

(仕込みから12ヵ月後の様子)
2016013012

(仕込みから12ヵ月後のもろみ)
2016013012_2

 仕込みから1年経ち,十分発酵・熟成させたので,この時点で発酵・熟成工程を終了し,もろみをしぼり,醤油に仕上げることとしました。


まとめ

 この1年を振り返って学んだことをまとめます。

○常温で保存しても腐敗することはなかった

 私を含む現代人の多くは,つい何でも冷蔵庫での保存を考えてしまうので,当初は,今回のもろみについても常温で放置しておくと腐敗してしまうのではないかと思いました。

 冷蔵庫に入れて保存するかどうか悩みましたが,よく考えると,醤油は冷蔵庫が登場するずっと前から作り続けられてきた保存食であり,塩分も相当強いので,常温でも大丈夫だと判断し,続行しました。

 また,『玄米せんせいの弁当箱』で紹介されている醤油の話も,常温保存を考える上で,参考となりました。

 『玄米せんせいの弁当箱』で,玄米先生と洲本君(食文化を研究する大学院生)が醤油工場の木桶を見学している時,洲本君が足を踏み外し,醤油桶の中に片足を突っ込んでしまうシーンがあります。

(足を踏み外し,醤油桶の中に片足を突っ込んだシーン)
Photo
(魚戸おさむ 脚本/北原雅紀『玄米せんせいの弁当箱8』から引用)

 
危機一髪で玄米先生が助けるのですが,洲本君は足を突っ込んだことにより,醤油がダメになったのではと心配することとなります。

 その際,醤油会社の工場長から「(片足を突っ込んで雑菌が入っても)もろみの塩分に耐えられる雑菌はいないので,大丈夫でしょう。」と説明を受け,洲本君は一安心するのです。

(醤油会社工場長から説明を受けるシーン)
Photo_2
(魚戸おさむ 脚本/北原雅紀『玄米せんせいの弁当箱8』から引用)

 「もろみの塩分に耐えられる雑菌はいない」のであれば,常温で雑菌が発生しやすい環境でも,もろみには影響ないと確信しました。

 これで腐敗したら,腐敗に至ってしまった記事を書こうと思っていましたが(笑)。

○発酵・熟成により,大豆や小麦が完全に溶解することはなかった

 もろみを絞ると,ある程度絞りかすが出ることは想像していましたが,もろみの大豆や小麦は跡形なくどろどろに溶けるものだと思っていました。

 しかし実際には,1年経っても何個か大豆の形が残っているものもあり,私の発酵・熟成が足りなかったことも影響しているのかもしれませんが,完全には溶けないことが理解できました。

○麹の発酵力は相当強い

 もろみが活発に発酵した期間は,今回のケースでは,3月下旬から6月中旬までの約3か月間でした。

 この期間は,少し放置するだけで,ペットボトルが破裂しそうなほどパンパンに膨らむので,キャップをゆっくり緩めながら,少しずつガスを抜くという作業を1日に2~3回行う必要がありました。

 発酵により,もろみの中の液体が固体を上に押し上げるほどの炭酸ガスが発生する様子を観察し,改めて麹の発酵力の強さを実感しました。


 今回の取組みで,腐敗しないほど強い塩分でありながら,麹の力で発酵・熟成が続けられ,うま味が生産される仕組みを学べたことが一番の収穫でした。

2016年4月20日 (水)

岡山の高級野菜 黄ニラ

 黄ニラは,知る人ぞ知る岡山の特産品です。

 岡山県内で全国の約7割が生産されていますが,青ニラの生産量の1%も満たない生産量のため,なかなか販売されていない高級野菜となっています。


手間暇かかる黄ニラの栽培

 黄ニラは通常の青ニラを光合成させず,根の養分だけで育てたものです。

 簡単なようですが,実はとても手間がかかります。

 まず1年目,2年目は,しっかりした根を張らせるために,強い青ニラを育てます。

 それを収穫せず,そのまま枯らせることで,ニラの根にたっぷりの養分を含ませるのです。

 3年目にしてようやく,そのニラ畑に黒のマルチ(ビニールシート)を被せて,直接日光を当てないようにし,光合成によらず,たっぷり含んだ根の養分によってニラを成長させると黄ニラができるという流れです。

 このように黄ニラ作りは,とても手間暇がかかるので,作る農家は限られています。

 その分,出荷量も少ないため,高級野菜として扱われているのです。


黄ニラの里訪問

 黄ニラのことを知って以来,黄ニラを求めて,岡山県内のJA産直市などで何度か探し回ったり,店員の方に出荷状況を尋ねたりしたのですが,めぐり合うことはありませんでした。

 そこで,どうしても「気にら」る黄ニラとの出会いを求めて,黄ニラの本場,岡山市北区牟佐にある「黄ニラの里」を訪問しました。

(黄ニラの里)
Photo

 「黄ニラの里岡山」の看板には黄ニラの絵が描かれています。

 奥の施設が,黄ニラの選果場・洗い場です。
 私が訪問したのは昼前でしたが,既に集出荷の作業は終わった様子でした。

 次に黄ニラの畑はないか探したところ,御自宅で収穫した黄ニラを天日干しされている御夫婦がおられたので,写真を撮らせていただき,少しお話も伺いました。

(黄ニラの天日干し)
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 黄ニラを天日で干すことにより,水分が減って甘味が凝縮したり,強い日差しに短時間あてることで黄色が映え,栄養も増す効果があると教わりました。


黄ニラを購入し,観察する

 次に,実際に黄ニラを購入してみたいと思い,売られているお店を探すこととしました。

 ネットの情報でも,どこで売られているかという情報は乏しかったので,少し不安でしたが,近隣のスーパーで売られているのではなかろうかと何件が探し回ったところ,赤磐市内のスーパーで,ついに見つけることができました。

(黄ニラが販売されている様子)
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 普段見かける青ニラよりも一束がかなりコンパクトにまとめられています。
 やはり値段も,青ニラに比べると高価ですが,それだけ手間がかかっていることの証だと言えるでしょう。

 この「黄金の束」を1束購入し,大事に自宅まで持って帰りました。

(黄ニラ)
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 長さは約28cmに揃えられています。

 青ニラに比べて短めですが,1本1本にハリがあって,黄金色に輝いています。

 このあと,私はおひたしと玉子炒めにして黄ニラをいただきましたが,しゃきしゃきと歯応えが良く,青ニラに比べてニラ特有のにおいが少ないような気がしました。

(黄ニラのおひたし)
Photo_5


黄ニラしょうゆ

 赤磐市内の別のスーパーで,黄ニラが使われた「黄ニラしょうゆ」が売られていました。

(黄ニラしょうゆ)
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 鯛,昆布,椎茸エキスが入っただし醤油に細かく刻んだ黄ニラが入れられています。

 卵料理や豆腐料理などに醤油の代わりに用いると,黄ニラ独特の風味が味わえて,美味しくいただけました。


牟佐名物 黄ニラ丼

 黄ニラの里のすぐ近くの県道沿いに,牟佐名物 黄ニラ丼を味わうことができる飲食店を発見しました。

(牟佐名物 黄ニラ丼の看板)
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 興味を持ち,お店でいただくことにしました。

(牟佐名物 黄ニラ丼)
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 このお店は,中華料理を中心とした定食や丼ものを中心に扱っておられることから,黄ニラ丼も中華風の丼でした。

 丼の構造ですが,土台のご飯,その上に豚肉や青ニラなどの具を甜麺醤(甘味噌)で炒めた回鍋肉(ホイコーロー),その上に立派な海老の天ぷらが2本乗せられ,更にその上に炒めた黄ニラがたっぷり乗せられています。

 かなりボリュームがあり,このお店の誇りと意気込みを感じました。

 黄ニラだけでなく,青ニラもたっぷり入っていたことを興味深く感じながら,美味しくいただきました。


 帰りに岡山駅前の大型スーパーに寄ってみると,野菜コーナーに同じ黄ニラが売られていました。

 少し拍子抜けでしたが,最近は「ばら寿司」など,黄ニラを使った岡山の郷土料理を提供する店も多いので,そこで黄ニラの美味しさを知り,お土産にと買い求める方も多いのでしょう。

 黄ニラの美味しさがもっと広く知れ渡り,農業の振興につながることを期待しています。

2016年4月15日 (金)

歴食の世界 -「平成大内御膳」の雑煮と中世の香物,私の教育論-

 「歴食JAPANサミット第1回大会 in 山口市」(「歴食JAPANサミット -山口に誕生した「歴食」という新たな食の世界-」参照)で展示・販売された歴食を御紹介します。


「平成大内御膳」の雑煮

 「大内氏の宴」を現代に甦らせた「平成大内御膳」を代表する料理が雑煮で,この雑煮が会場で販売されていました。

(「平成大内御膳」の雑煮 販売の様子)
Photo

 「干しなまこ,鮑など,高級食材がたっぷり入った…」と紹介されており,これこそ昔の御馳走だと思った私は,どのような雑煮なのか興味津々で注文しました。

 注文すると,調理服を着た板前さんが,丁寧に中の具を温め直し,お椀に熱いだし汁を注いでくださいました。

 その職人技と完成した雑煮を,報道の方がテレビカメラで一部始終撮影されたので,私が購入した雑煮にもかかわらず,その様子を写真撮影する余地はありませんでした…。

(「平成大内御膳」の雑煮)
Photo_2

 これが,もうテレビでとっくに紹介されているかも知れない雑煮です(笑)。

 鰹の生節の出汁に,醤油の代わりとなる「たれ味噌」(詳細は後述)で調味された汁です。

 「たれ味噌」が使われているため,醤油に比べて深みのある色になっています。

 鰹の生節から引き出された深みのある出汁と,たれ味噌のコクが相まって,香り高い滑らかな汁に仕上がっています。

 中の具は,干しなまこ,鮑(アワビ),鰹の切身,里芋,餅という豪華な食材です。

 いずれの具も一口大に揃えられ,汁ともうまく絡まっているので,1つ1つ味わいながらいただくことができました。


中世の香物

 山口県美祢市立於福中学校から,中世の香物(こうのもの)が出展されていました。

(中世の香物)
Photo_3

 大根や守口大根を味噌で漬けた漬物です。

 「皮があるままを漬けた方がよいか,皮をむいて漬けたほうがよいか」など中学生が試行錯誤されながら作られたそうです。

 ほのかに味噌のよい香りがする,おいしい大根漬に仕上がっていました。


「香の物」と呼ばれる理由

 試食後,香の物について,展示資料を読んだり,於福中学校の先生・生徒さんからお話を伺ったりして理解を深めました。

 今回の香の物は,「貞丈雑記(ていじょうざっき)」という有職故実の書物をもとに再現された料理だそうです。

(「香物」についての説明(古文))
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 古文の説明書きの隣に,現代語訳も用意されていました。

(「香物」についての説明(現代語訳))
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 この説明書きや,於福中学校の先生・生徒さんからの説明で,「漬け物」を「香の物」とも呼ばれるのは,漬け物に味噌が使われ,その味噌の香りが強いことにルーツがあることを知りました。


「たれ味噌」が「香の水」と呼ばれていた

 また,「たれ味噌」という表現もみられますが,これは味噌からにじみ出た液体調味料のことで,のちに醤油へと進化していく調味料です。

 「香(味噌)の水」と表現されていますが,「醤油」という言葉が生まれる前はこのように呼ばれていたのかも知れませんね。

 今の時代に,食堂などで醤油びんに「香水」などと書かれていたら,化粧品と間違えられそうですが…。

 於福中学校では,「大内料理」の再現や,そのための古文書解読,京料理を学ぶ修学旅行など,大内文化を中心とした歴史教育,食文化教育に力を入れておられるようで,恵まれた環境で学べる生徒達を羨ましく思いました。


これからの日本の教育のあり方を考える

 於福中学校の取組み事例に刺激を受け,私なりに,これからの日本の教育のあり方について少し考えてみました。

 きっかけは,歴史でも食でも何でもいいと思うのですが,自分が興味を持った分野を深く勉強することの楽しさや,新たな世界を見つけることの喜びを子供達に気付かせること,これこそが教育の原点なのではないかと私は思っています。

 そして,自分で研究を進めていけるだけの能力を身につけるために,基礎的な必修科目の勉強が大切になってくることを自覚させることが出来るならば,教育の目標は達したと言ってもよいでしょう。

 なぜなら,あとは教育などしなくても,自然とその目標に向かって自主的に勉強するようになるからです。

 ただ,この考え方は教育の最終目標であって,実際には,それ以前に受験競争に臨むために無理矢理詰め込み式の勉強をしたり,学問の楽しみや喜びを味わえぬまま卒業する生徒・学生達がほとんどと言ってよいでしょう。

 受験競争,学歴社会は,明治以降,社会が要請した効率的な人材選別システムの一部であり,理不尽とも言える受験勉強を通じて,どれだけ社会に適応し得るか,どれだけ忍耐力があるかをはかる「ものさし」になっている感があります。

 確かにある意味それも必要なことなのですが,グローバルな視野で日本の将来を考えると,自主的に学び,考え,解決する能力を身に付けた人材が求められており,そうした人材を育成するための教育が必要とされているように思います。

 そういう意味からも,於福中学校のような,生徒に自主的に考えさせ,様々な体験をさせることで,勉強の本来の楽しさや喜びを知ることを目標とした取組みは,注目に値するのではないでしょうか。

2016年4月10日 (日)

餅屋の桜餅 -季節の味を楽しむ-

 毎年,桜の季節になると,思い出したかのように,近所の餅菓子店に寄って,桜餅を買います。

 ごく普通の,もち米で作られた桜餅なのですが,毎年この時期に売られており,同様に私もこの時期に無性に食べたくなるのです。

 今年も,店先に「さくら餅」と書かれた紙が貼られており,「あるぞ」と心躍らせながら店に入りました。

(さくら餅の案内紙)
Photo

 おはぎや大福,串団子など餅菓子が並ぶ中,少し地味な印象もある桜餅を2個買って帰りました。

(さくら餅)
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 もち米を炊いて粒のまま作られた,無着色の白い桜餅です。

 中は甘さ控えめで,きめの細かいこしあんです。

 餅屋が作った弾力とほのかな甘味のある餅,口の中でさらりと溶ける上品な甘さのこしあん,そしてパリッとした桜葉のさわやかな香りとほのかな塩気が口の中で一体となり,まさに春の喜びを感じさせてくれるお菓子となっています。

 毎年,決まった時期に店に行けばお目当ての菓子が用意されており,その変わらぬ味を味わえることは,よく考えると贅沢な話です。

 たかが桜餅ですが,それでも「また春がやってきたか。頑張って生きてきて,またこの季節を迎えることができたな。」と心安らぐ一瞬と感動を味わうことができました。

 こうした体験が,季節の味を楽しむことにつながるのではないでしょうか。

2016年4月 7日 (木)

御願地蔵さんの耳かき -愛媛県今治市-

大三島・大山祇神社近くの土産物店で地蔵の耳かきが売られており,珍しいので購入しました。

石印に使われるようなやわらかい石を地蔵の形に彫り,その上に赤い布の帽子やよだれかけが付けられた,本格的な地蔵の耳かきです。

店内には,ほかにも全国で見かける「お坊さん耳かき」もありましたが,神社の門前町だからか,笠の部分に地名や神社名などは記載されていませんでした。

よだれかけには「叶」(かなう)という文字が書かれています。
少なくとも,店側は商品が売れ,私は珍しい耳かきを入手できたという,それぞれの願いが叶えられました。
3804168

2016年4月 2日 (土)

イースター(復活祭)を基準としたキリスト教行事 -なぜ卵とウサギが一緒なのか-

 イースター(復活祭)は,クリスマスやハロウィンに比べると,日本ではまだ馴染みが薄いキリスト教の行事ですが,キリスト教では,クリスマス(降誕祭),ペンテコステ(聖霊降臨祭)と並ぶ三大祝日の1つとして,特に重要視されています。

(イースターにちなんだチョコレート菓子)
Photo

 イースターは毎年,おおむね3月後半から4月初めに行われることが多いのですが,日付が定まってない理由も含めて,イースターを中心としたキリスト教行事について理解を深めたいと思います。


イースター(復活祭)の定義

 イースターは,磔刑に処されたイエス・キリストが復活し,神の子として人々の前に姿を現したことを記念する,キリスト教にとって最も重要な祝日と言われています。

 日付の定義は,「春分後最初の満月の後に訪れる日曜日(※)」と,毎年変わる「移動祝日」となっています。
 ※東方正教会の場合はユリウス暦を採用しているため日付が異なります。

 こうした決め方だと,私を含め,なかなかイメージしにくい印象を持たれる方も多いのではないでしょうか。

 ただ,今よりずっと自然と共に生活することを余儀なくされた時代の人々にとっては,こうしたイースターの日付の定義は,天文学に基づき,いかなる暦であっても,普遍的に理解できる定義として,むしろ受け入れられ易かったのではないかと思います。


イースター(復活祭)を基準としたキリスト教行事

 イースターを基準としたキリスト教行事として,カーニバル(謝肉祭),四旬節,そしてペンテコステ(聖霊降臨祭)が挙げられます。

 逆に言うと,これらの行事の開催時期は,イースターの日付が決まらないと,決めることができないのです。

 少し複雑なので,表にしてみました。

(イースター(復活祭)を基準としたキリスト教行事)
Photo_20220416214001
 イースターを基準として,その前40日間が「四旬節」(獣肉などを断つ精進日),その「四旬節」直前の数日間が「カーニバル」(精進前の飽食と笑いの祝祭),逆に,イースターから50日後が「ペンテコステ」(聖霊降誕祭)となっているのがわかるかと思います。


イースターは四旬節を経ることに意味がある

 日本で,イースターと言われてもあまりピンとこない人が多いのは,その前に行われる四旬節がないからだとも言えます。

 四旬節は,イエス・キリストが荒野で40日間断食をしたことに由来しており,イエス・キリストにならって,40日間獣肉などを断ち,精進する期間です。(実際には各週の日曜日が除かれるため,46日前の水曜日「灰の水曜日」から始まります。)

 この四旬節の長い精進日を耐え過ごすからこそ,その精進日明けのイースターがひと際価値のある祝日となる訳です。

 同じことがカーニバルにも言えるでしょう。四旬節に肉断ちをし,精進しなければならないことがわかっているから,その直前にごちそうをたらふく食べ,大いに騒ぐのです。

 このように,四旬節は,精進するという本来の意味以外にも,けじめをつける,他の行事を際立たせるという役割を持っているように思います。


なぜ卵とウサギが一緒なのか

(卵とウサギの形をしたチョコレート)
Photo_3

※冒頭に掲載したチョコレート菓子の中身です。ドイツ製。私には恐竜か何かの卵のように見えるのですが…。

 
まず卵については,
(1)キリスト教に限らず,古くから多くの民族で,「新たな生命の誕生」,「生命の連鎖」,「再生復活の象徴」とされてきたこと
(2)イエス・キリストの十字架を背負う手伝いをしたシモンが,イエス・キリストの死に立ち会ったあとで家に戻ると,鶏舎の卵が全て虹色に変わっていたと伝える福音書があること
などの理由がありますが,ウサギに比べるとイメージはしやすいかと思います。

 それでは,ウサギが登場するのはなぜなのでしょうか。

 そもそもイースター(Easter)という名称は,北欧でキリスト教が広まる前から春の祭りの主人公とされた「Eostre(エストレまたはエオストレ)」という豊穣の女神の名に由来しています。

 そして,この女神のお供がウサギだったとされているのです。

 また,ウサギの多産にあやかって,卵と同様,繁栄や復活の象徴とされてきたことも,ウサギが登場する理由の1つでしょう。

 卵を産まないはずのウサギと鶏の卵が一緒にされるのは,よく考えるとおかしいのですが,視点を変えて,古くからの言い伝えが大切に引き継がれていると言うこともできると思います。


まとめ

 キリスト教は,ヨーロッパに布教する際,その地域の文化や風習を真っ向から否定するのではなく,むしろキリスト教の行事として取り込むことで,多くの人の支持を集めてきました。

 その中で,冬至の祭りと融合させたのがクリスマスであり,春分の日の祭りと融合させたのが,今回御紹介したイースターなのです。

 今日ではキリスト教の行事となっている数々の祝祭も,ルーツをたどれば,その多くは,キリスト教の布教以前からの文化や風習だということは,宗教学上,とても重要な話だと思います。

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