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2017年4月

2017年4月27日 (木)

「バウムクーヘン博覧会」 -広島からはじまる日本のバウムクーヘンの歴史-

日本のバウムクーヘンは広島から

 バウムクーヘンで有名な「ユーハイム」の創業者,カール・ユーハイムは,日本軍の捕虜として現在の広島市南区似島の捕虜収容所に連行されたドイツ人で,彼の焼き上げたバウムクーヘンを広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)でお披露目したことにより,日本で初めてバウムクーヘンが知られることとなりました。

 このお披露目をしたのが1919年3月4日のことで,これを記念して毎年3月4日は「バウムクーヘンの日」とされています。


「バウムクーヘン博覧会」

 そんなバウムクーヘンとゆかりのある広島で,「バウムクーヘンの日」に近い2017年3月15日~21日に「バウムクーヘン博覧会」が初開催されました。

(「バウムクーヘン博覧会」ポスター)
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 広島そごうの特設会場には,全国47都道府県,67ブランドのバウムクーヘンがずらりと勢ぞろいしました。

 ほかにも,焼きたてバウムが食べられるコーナーや,バウムクーヘンの食べ比べセットの販売など,バウムクーヘンにまつわる様々なイベントが用意されていました。

(会場パネル「バウムクーヘンの歴史」)
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※写真をクリックすると拡大します。

 会場にバウムクーヘンの歴史について説明されたパネルが展示されていました。

 その内容をまとめると,

(1)紀元前のギリシャで木の棒にパン生地を巻き付けて焼いた「オベリアス」と呼ばれるパンがバウムクーヘンの元となった。
(2)やがてそのパンがドイツに渡り,現在のようなバウムクーヘンの形状となった。
(3)ドイツ人のカール・ユーハイムがドイツの租借地である中国の青島(チンタオ)で独立し,店を開いた。
(4)その青島が日本軍に占領され,カール・ユーハイムも捕虜として広島の収容所に強制連行され,広島にバウムクーヘンの技術が伝わった。

 とありました。


 ひととおり見学し,興味を持ったバウムクーヘンをいくつか購入してみました。
 
 そのバウムクーヘンを御紹介したいと思います。


焼きたてバウム

 会場内の実演コーナーで,ユーハイムのマイスターの方が手作りで丁寧に焼き上げられた,焼きたてのバウムクーヘンです。

(焼きたてバウム)
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 焼きたてバウム1/4ピースです。

 しっかりと弾力があり,とてもしっとりとしたバウムクーヘンに仕上がっていました。


「瀬戸内レモンのバウムクーヘン」

 ユーハイムが将来販売を予定されている「瀬戸内レモンのバウムクーヘン」です。

 会場で先行販売されていました。

 ユーハイムの方に伺ったところ,一般的にいつから売り出されるかは,未定とのことでした。

(瀬戸内レモンのバウムクーヘン(外箱と中身))
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 外箱にはカール・ユーハイムの写真や,似島と広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)のイラストがあり,「日本バウムクーヘン発祥の地 広島から」と記載されています。

 また,外箱の側面には,

 「1919年,広島県物産陳列館(現・原爆ドーム)で開催されたドイツ俘虜技術工芸品展覧会で,創業者カール・ユーハイムはバウムクーヘンを焼き上げました。ここから日本のバウムクーヘンの歴史は始まりました。」

 と説明されており,日本のバウムクーヘンの歴史を知ることができる商品となっています。

(瀬戸内レモンのバウムクーヘン(外箱側面))
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 瀬戸内レモンのバウムクーヘンを取り出し,いただいてみました。

(瀬戸内レモンのバウムクーヘン)
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 しっとりとした食感をした,ほのかなレモン風味のバウムクーヘンです。

 生地には小さな粒々のレモン果皮も入っています。

 これはユーハイムの原点を伝える商品として,また広島土産としても最適だと思いました。


バウムパン

 すでに御紹介したように,バウムクーヘンの起源は,木の棒に生地を巻きつけて焼いたパンのような食べ物だったようです。

 この製法にならって,棒にパン生地をぐるぐる巻きつけて焼き,昔のバウムクーヘンを現代に再現したパンが「バウムパン」として販売されていました。

(バウムパン説明文)
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 とても面白い発想のパンなので,私も買って,自宅でいただいてみることとしました。

(バウムパン(断面))
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 説明文には「ぐるぐる,ほどいてお召し上がりください」とありましたが,いつもの調子で輪切りに切ってしまいました(笑)。

 外側はグラニュー糖がまぶされてカリカリに焼かれており,ちょうど甘いクロワッサンのような感じの仕上がりです。

 逆に,中身はしっとりときめ細かく,綿菓子のようにふわふわな仕上がりです。
 ほんのりした甘味とバターの風味が感じられました。

 残ったパンをぐるぐるほどいてみました。

(バウムパン(ほどいた様子))
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 バネを伸ばすように,面白いようにほどくことが出来ました。
 1個のパン全てを伸ばすと,かなりの長さにほどけたことと思います。

 ほどいて食べた方が,食べやすく,何より楽しむことが出来ました(笑)。


まとめ

 食文化史を学ぶ上では,「他国からの食材や食文化は,世界のどの国においても,戦争とその影響によってもたらされたものが多い」という事実を認識しておく必要があると思います。

 捕虜として日本に強制連行されながらも,それにめげず,自国ドイツのバウムクーヘンを日本に広めたカール・ユーハイム。

 彼がその後の日本の食文化に及ぼした影響は大きいと言えるでしょう。

(カール・ユーハイムによるバウムクーヘン披露)
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(広島市『南区七大伝説 菓子伝説(バウムクーヘン上陸秘話)』南区魅力発見委員会から引用)

 同時に,そうしたドイツ人捕虜が持ち備えていた文化や技術を,寛大に受け入れた当時の日本人関係者の対応にも注目すべきだと思います。

 カール・ユーハイムが強制連行先の日本でバウムクーヘンを作り,日本人に披露出来た背景には,敵味方を超えた人と人との交流があり,それを受け入れる寛容な心があったからに違いありません。

 そうした人間の持つ本来のやさしさや素晴らしさによって,日本に伝わり,広まったドイツ菓子。

 それが日本のバウムクーヘンなのです。


<参考文献>
 広島市『南区七大伝説 菓子伝説(バウムクーヘン上陸秘話)』南区魅力発見委員会

<関連サイト>
 「日本で初めてバウムクーヘンが焼かれた地、似島」広島市役所
 「3月4日はバウムクーヘンの日」株式会社ユーハイム
 「ドイツ・ウィーン菓子の特徴と主な菓子 -シュトロイゼルクーヘン・レープクーヘン・バウムクーヘン-」コウジ菌のブログ

2017年4月24日 (月)

大分名物だんご汁の耳かき -大分県別府市-

 だんご汁は,小麦粉をこねて帯状にした「だんご」と野菜などの具が入った,味噌または醤油仕立ての汁のことで,大分を中心とした九州地方の郷土料理です。

 「だんご」は,平たい麺に近く,この茹でた「だんご」に砂糖ときな粉をまぶせば,こちらも大分で有名な「やせうま」と呼ばれるお菓子となります。

 つまり小麦粉で「だんご」を作れば,食事もデザートも同時に用意することができるのです。

 この耳かきは,その「だんご」がニョキッと出てキャラクター化されています。

 かわいい顔をしながら,ねじりはちまき姿で,徳利とおちょこを持って一杯飲み,顔が少し赤くなっています(笑)。

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2017年4月20日 (木)

真っ赤で甘いいちご「レッドパール」の魅力

レッドパールとの出会い

 広島県福山市のフランス料理店で食事をした際,デザートに添えられていたいちごがとても甘く,その美味しさに感動しました。

 お店の方に尋ねると,「レッドパール」という品種のいちごで,地元の農家さんから完熟のいちごを直接仕入れることが出来たのでデザートに使われたとのお話でした。


レッドパールの感動を求めて

 後日,私は再びレッドパールの感動を味わいたいと思い,自動車でレッドパールの農園がある広島県山県郡北広島町の2つの産直市を訪問しました。

 最初に訪問した「豊平どんぐり村」の「さんさん市」では,普通サイズと大粒の2種類のレッドパールが販売されていました。

(「さんさん市」レッドパール ポップ広告)
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 ポップ広告には,「酸味と甘味のバランスがよく 中までまっか 生産量が少ない希少品種!!大粒が甘い」と紹介されていました。

 今回は特に大粒の揃ったレッドパールを購入しました。

 
 次に訪問したのが,「道の駅 舞 ロードIC千代田」の「きたひろ市場」です。

 こちらは普通サイズのパックにぎっしり詰まったレッドパールが販売されていました。

(「きたひろ市場」レッドパールとポップ広告)
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 ポップ広告には,「果肉はへたの元まで柔らかく 果肉全体に味がのっています。強い甘みと酸味のバランスが絶妙の「いちご」です。」と紹介されていました。

 こちらのレッドパールも購入し,帰宅しました。


レッドパールの特徴

 ここで,いちごの「レッドパール」の特徴について,簡単にまとめておきたいと思います。

(レッドパール(包装))
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 レッドパールは「とよのか」と「アイベリー」を交配してできたいちごです。

 大粒で甘味が強く,酸味は控え目,そして何より果実の色が中まで真っ赤であることが大きな特徴となっています。

 西日本を中心に栽培されており,いちご全体の流通量に占める割合は少ないので,スーパーマーケットなどで見かける機会は少ないかも知れません。
 ただ逆に,今回御紹介しているような産地の産直市などでは,まとまった数量を売られている可能性も高いと思います。

 そのまま食べるのはもちろん,その鮮やかな赤色を生かして,お菓子の材料とするのも適していると思います。


レッドパールの実食

 自宅に持ち帰り,レッドパールをいただいてみることとしました。

(レッドパール)
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 実が赤く,赤い宝石のようです。

 産直市で買ったものなので,もぎたてで,果実には細かい産毛があり,ヘタも青々としています。

 私はこの赤い実が果実だと思っていたのですが,この実は雌しべの土台となる「花托(かたく)」と呼ばれる部分で,表面のゴマのようなツブツブが果実のようです。

 「イチゴの実の赤い部分は「果実」ではなかった!」(ウェブページ「NHKテキストビュー」NHK出版)

 花托(かたく)が果実だと,かたく信じていたのですが…。


 このレッドパールを縦半分に切ってみました。

(レッドパール(縦半分))
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 果肉は鮮やかな赤,対照的に中心部の芯は真っ白です。

 果汁を多く含んでおり,断面からにじみ出ています。

 実際にいただいてみると,口の中にいちごの甘い香りがいっぱいに広がり,果汁たっぷりで強い甘味とほどよい酸味を感じました。

 これだけで立派なデザートです。

 いただいている際,頭部から食べて半分残ったレッドパールを見て,ふと次のことに気付きました。

 「レッドパールは縦に切るより,横(輪切り)に切った方がより赤く見えるのではないか。」

 本当にそうなるか,今度はレッドパールを輪切りにして撮影してみました。

(レッドパール(輪切り))
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 確かに輪切りの方が赤くなりました。霜降り牛肉のようです。歯形だともっと赤く見えます(笑)。

 フランス料理店で出されたレッドパールは見栄えが良い縦切りでしたが,レッドパール特有の鮮やかな赤色を強調したい場合は輪切りの方が効果が高いと思います。

 例えば,いちご大福。

 いちご大福のネット画像を検索すると,ほぼ全てのいちご大福のいちごが,あんこと一緒に,縦半分に切られていることがわかります。

 これをレッドパールを使う場合は,あえて横向きに倒して包むか,頭部から食べ始めることをすすめるのです。

 こうすると残ったレッドパールが輪切りになって視界に飛び込むので,より真っ赤なレッドパールが現れ,大福餅の白やあんこ(小豆あん・白あん)の色との対比が明確になって,見た目の美味しさが増すと思います。

 レッドパールは現在,流通量こそ少ないものの,その特徴を生かすことのできる様々な可能性を秘めたいちごだと言えるでしょう。

2017年4月17日 (月)

桜と公園 -広島県豊田郡大崎上島町 沖浦漁港公園-

 2017年4月12日にフェリーに乗って広島県豊田郡大崎上島町に出張しました。

 目の前に見える向かいの島は愛媛県。大崎上島は広島県でも南に位置する瀬戸内海の島です。

 私の住んでいる広島市南区の桜は,すでに満開を越して葉桜になりかけていたので,広島市よりもっと南に位置する大崎上島町も同じか,もっと早くに葉桜になっているだろうと思っていたのですが,実際に車で島を回ってみると,満開の桜をあちこちで見ることが出来ました。

 せっかくなので,職場のコンパクトデジタルカメラで桜を撮ってみました。

(大崎上島町沖浦の桜)
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※写真をクリックすると拡大します。
ニコンCOOLPIX S6600 オート・f6.6・1/500・ISO125


 撮影地は大崎上島町沖浦の「沖浦港おさかな公園」近く,沖浦漁港公園という小さな公園です。

 手前の桜にピントを合わせたのですが,不思議と奥の公園がメルヘンチックでソフトなボケに仕上がりました。

 コンパクトデジタルカメラならではの持ち味だと思います。

 3人で訪問したので,ほんの一瞬,たった1枚しか撮る時間はありませんでしたが,思い出の1枚となりました。

2017年4月15日 (土)

第一パンの「PPAP(パンパイナッポーアッポーパン)」

 第一パンの期間限定パン,その名もずばり「PPAP(パンパイナッポーアッポーパン)」が広島市内のスーパーで売られていました。

(PPAP(パンパイナッポーアッポーパン)(包装))
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 個性的なピコ太郎さんの包装がひと際目を引きます。

 早速購入し,開封してみました。

(PPAP(パンパイナッポーアッポーパン))
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 開封した途端,りんごとパイナップルの混ざったよい香りがしました。

 包装された外観からは,全体が黄色い蒸しパンかと思っていたのですが,実際のパンは,半分が白いりんごの蒸しパン,半分が黄色いパイナップルの蒸しパンで,その2つが合わさって1つの蒸しパンとなっていました。

 りんご(アッポー)とパイナップル(パイナッポー)の2つを合わせることまで,ピコ太郎さんオリジナルのPPAPを忠実に表現したパンとなっています。

 白いりんごの蒸しパンにはりんごプレザーブが,黄色いパイナップルの蒸しパンにはパイナップルダイスがそれぞれトッピングされています。

 1個あたりのカロリーが241kcalと蒸しパンにしてはカロリー控えめです。

 1個のパンで2つの味を楽しむことができました。

 第一パンのウェブサイトによると,このパンは2017年4月1日から1か月間の限定販売のようです。

 このような柔軟な発想で,笑いの要素まで盛り込まれたパンは,思わず応援したくなります。

 この発想を借りれば,りんごプレザーブとパイナップルダイス入りのパイを「PPAP(パンパイナッポーアッポーパイ)」,従来のパイナップルダイス入りコッペパンを「PPCP」(パンパイナッポーコッペーパン)とネーミングするなど,いろんな楽しいネーミングの菓子パンができそうです(笑)。

2017年4月10日 (月)

うどん・そば・饅頭・羊羹発祥の地 博多 -聖一国師と承天寺,禅料理と博多の食文化-

粉食文化発祥の地 博多と承天寺

 福岡市博多区,博多駅から徒歩約10分の場所に承天寺(じょうてんじ)というお寺があります。

 このお寺は,1242年(鎌倉時代)に聖一国師(弁円,円爾)が開山した臨済宗のお寺です。

 このお寺の境内には,食文化などにまつわるいくつかの興味深い石碑があります。

(承天寺の石碑)
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 写真左から,「饂飩蕎麦発祥之地(うどんそばはっしょうのち)」,「御饅頭所(おまんじゅうどころ)」,「満田彌三右衛門(みつたやざえもん)」の石碑です。

 博多は,うどん,そば,饅頭そして満田彌三右衛門による博多織の発祥の地なのです。

 今回は,食文化の視点から,粉食文化発祥の地,博多について御紹介したいと思います。


うどん・そば発祥の地

 日本には,奈良時代から平安時代にかけて,中国(唐)から,米粉や小麦粉を使った「唐菓子(からくだもの)」などの粉食が伝えられていましたが(「唐菓子(からくだもの) -清浄歓喜団と餢飳(ぶと)-」参照),それは神社や神棚,仏様へのお供え物(「神饌」,「供物」)や,宮廷内の食事として貴族が口にする程度のもので,一般的に広まるまでには至りませんでした。

 その理由の1つとして,小麦などの製粉技術が未発達だったことがあります。

 そこで登場するのが,鎌倉時代の禅僧,聖一国師です。

 彼は,中国(宋)で禅を学び,帰国後は博多で承天寺を開山して禅の教えを日本に広めた僧ですが,留学先の中国から水車による製粉技術も日本に持ち帰り,うどんやそばの作り方を広めることで,日本の粉食文化の普及に努めました。

(「饂飩蕎麦発祥之地」石碑)
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(承天寺とうどん)
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「博多の食と文化の博物館」ミュージアム展示資料


中国から日本に伝えられた「点心」

 聖一国師をはじめとする禅僧は,中国の「点心」(禅寺で食事の間に取る軽い食事)を日本に伝えました。

 点心として伝えられた食べ物としては,麺類,羊羹,饅頭などがあります。

(聖一国師と羊羹)
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「博多の食と文化の博物館」ミュージアム展示資料


聖一国師と「とらや」の饅頭

 
聖一国師が伝えた饅頭には,有名な話があります。

 中国(宋)から帰国した聖一国師は,ある日,禅の布教で出向いた先で,とある茶店の主人から心づくしの歓待を受けました。

 それを喜んだ聖一国師は,主人に宋から持ち帰った饅頭の製法を教え,「御饅頭所」の看板まで書き与えたのです。

 この話をもとに,博多が饅頭発祥の地とされました。

(御饅頭所の碑と饅頭)
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「博多の食と文化の博物館」ミュージアム資料

 その看板は現在,東京の「虎屋」が所蔵しており,饅頭の製法も,虎屋の「虎屋饅頭」として代々受け継がれています。

 「聖一国師と酒饅頭(株式会社虎屋ウェブページ「菓子資料室 虎屋文庫」に掲載)


博多うどん

 博多と言えば,博多ラーメンが全国的によく知られていますが,博多で多くの屋台が誕生した昭和20年代,博多の屋台では主にうどんが売られていました。

 博多ラーメンは素早く茹でた麺が出されることが特徴ですが,博多うどんはあらかじめ茹で置きしておき,素早く出されることが特徴となっています。

 そんな,うどん発祥の地として,博多ラーメンより古くから地元の人達に親しまれてきた「博多うどん」を御紹介したいと思います。


【牧のうどん】

 「牧のうどん」の「ごぼう天うどん」です。

(ごぼう天うどん)
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 牧のうどんの特徴は,麺が太くてやわらかく,食べても食べてもうどんが減らないように感じることにあります。

 食べている間も麺が汁を吸い続けるため,もう半分食べたと思っても,麺が減ったようには思えないのです(笑)。

 なので,麺が汁を吸っても追加で汁を注ぎ足せるよう,やかんに入った注ぎ足し用の汁をいただくことができます。(写真「ごぼう天うどん」の右上)

 次の写真は,私がうどんを半分食べた時の様子です。

 全然減ってないように見えるので,本当に半分食べたのかと疑われそうですが,本当に麺が汁を吸ってどんどん増えていくのです(笑)。

(ごぼう天うどん(途中))
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 茹でたうどんを水でしめないことから,こうした現象が起きるようです。

 お店では,「軟めん」,「中めん」,「硬めん」と博多ラーメンと同様,麺のかたさを選ぶことも出来ます。


【資さんうどん】

 続いて,北九州市を拠点とする「資さんうどん」の「ゴボ天うどん」です。

(ゴボ天うどん)
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 長細くピンと立ったゴボ天がのせられています。

 「資さんうどん」の特徴は,太めでもちもちの麺と,香り高く,上品に仕上げられた「だし汁」にあります。

 この「資さんうどん」にはもう1つの人気メニューがあります。

 それはデザート(またはお持ち帰り用)の「ぼた餅」です。

(ぼた餅(包装))
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 あんこの甘さが絶妙で,たくさん食事した後でも,すんなり食べられる美味しさです。

 小倉の屋台では,肝心な「酒」が用意されておらず,代わりに「ぼた餅(おはぎ)」が用意されているという面白い食文化があるのですが,それほど北九州の食文化にぼた餅(おはぎ)は欠かせない食べ物となっています。


禅料理から生まれた博多の食文化

 福岡県内のうどん店に行くと,トッピングにごぼう天をよく見かけます。

 実際,福岡県民はごぼうの消費量が多いのですが,これは郷土食である「がめ煮」が好まれていることに由来するものです。

 「がめ煮」は筑前煮とも呼ばれ,鶏肉,ごぼう,れんこん,人参などを油でさっと炒め,醤油や砂糖で煮込んだ料理です。

 さらに突き詰めていくと,この「がめ煮」は,禅僧により中国から日本にもたらされた精進料理(普茶料理)の「けんちん(巻繊)」の調理法と共通点が多いことに気付きます。

 つまり,ごぼう天うどんやがめ煮も含め,博多の食文化は,禅僧により中国から日本にもたらされた精進料理から形成されているところが大きいと説明出来るのです。

 地理的に中国に近いことで,いち早く禅の教えや文化を受け入れた博多。

 この禅料理から生まれた博多の郷土食も多いことを理解しておくと,博多の食文化を研究される上で大いに役立つことでしょう。

2017年4月 6日 (木)

うるめいわし丸干しの耳かき -鳥取県境港市-

鳥取県境港市の鮮魚市場の一角で売られていた「干物三昧」シリーズの耳かきです。

説明書きはありませんが,おそらくうるめいわしの丸干しだと思います。

ほかにも,干物のストラップや干物そのままの形をしたポストカードなどが売られていました。

干物を焼いた時の香ばしい香りまでも感じられるような,やわらかくてリアルな干物が付いた耳かきです。
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2017年4月 1日 (土)

宮城県仙台市 「賣茶翁」のみちのくせんべいと「立ちそば処 杜」の鶏から揚げそば

 2017年3月に「杜(もり)の都」仙台を訪問しました。

(仙台駅)
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 滞在時間が短く,駆け足での移動となりましたが,今回仙台で訪問したお店を御紹介したいと思います。


仙台の老舗和菓子店「賣茶翁」のみちのくせんべい

 仙台に,電話非公開で,開店しているかどうか行ってみないとわからない老舗和菓子店があります。

 仙台の老舗和菓子店「賣茶翁(ばいさおう)」です。

 お店は仙台市青葉区,仙台市民会館の向かいにあります。

(「賣茶翁」入口)
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(「賣茶翁」玄関)
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 仙台市の街中にあるとは思えない,伝統のある佇まいです。

 店に入り,まず最初に店内に電話機がないかひととおり見渡しました(笑)。

 お店の方に店名の由来について伺ったところ,親切に「創業者がお茶を売り歩いた賣茶翁の考えに感銘を受け,店名としていただきました。」と教えていただきました。

 私は有名な「みちのくせんべい」をお土産として購入しました。

(みちのくせんべい(箱))
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(みちのくせんべい)
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 直径約5.5cmの小さなせんべいです。

 軽い食感のせんべいですが,黒糖の生地で,表面にも黒糖の蜜が塗られて結晶化しているので,小さい割にはしっかりとした甘味があり,食べ応えもあります。

 お茶菓子に最適なせんべいです。

 箱の中に入っていた賣茶翁の説明文を読むと,「電話 なし」と記されており,その潔さが素晴らしいと思いました。

(賣茶翁説明文)
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 ふと,どこかで同じようなせんべいを食べたことがあるなと思い,思い出したのが,京都祇園の和菓子店「亀屋清永」の「麩のやき」です。

(麩のやき)
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 「麩のやき」は小麦粉や米粉を水で溶いた生地を薄くのばして焼いたもので,味噌などで味付けされて食べられたようです。

 千利休が「茶の湯」を大成した時に点心(茶の子)として重用したお菓子であり,豊臣秀吉が開催した「北野大茶会」にも出されたようです。

 亀屋清永の「麩のやき」は,もち米で作られた薄焼きせんべいで,醤油味と黒砂糖風味の2種類用意されています。

 黒砂糖風味は「みちのくせんべい」と同様,せんべいの表面に黒砂糖の蜜が塗られています。

 私は,宇治の萬福寺で開催された「全国煎茶道大会」(「黄檗山萬福寺の全国煎茶道大会 -隠元と煎茶道-」参照)に参加する際に,煎茶道の勉強のためにこの「麩のやき」を購入しました。

 その煎茶道で,私は「三癸亭賣茶流(さんきていばいさりゅう)」の先生にお世話になっているのですが,賣茶(翁)という名を冠しておられることからもわかるように,仙台の和菓子店「賣茶翁」も,「三癸亭賣茶流」も煎茶道の祖である賣茶翁を尊んでおられる点で共通しています。

 ちなみにこの「麩のやき」は,現在のお好み焼の原点でもあります。


「立ちそば処 杜」の「鶏から揚げそば」

 仙台駅2階改札口にある「立ちそば処 杜(もり)」です。

(「立ちそば処 杜」)
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 私は以前この店を訪れた際にいただいた「鶏から揚げそば」が強く印象に残っていたので,今回再訪しました。

(鶏から揚げそば)
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 細く透きとおるような麺と,だしのきいたつゆの上に,デーンとこぶし大の鶏から揚げ2枚が乗っかっているボリューム満点のそばです。

 西日本の人間から見れば,鶏のから揚げと言うより,鶏天と言う方が合っているようにも思いますが,そんな細かいことなど考えず,豪快に味わいたいものです。

 「杜(もり)の都」仙台にある「立ちそば処 杜(もり)」。
 そこで出会った抜群の「盛り」が売りの「鶏から揚げそば」。

 いただいた後,元気モリモリで広島に帰ったことは言うまでもありません(笑)。

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