« 2017年8月 | トップページ

2017年9月

2017年9月20日 (水)

赤ヘル耳かき -広島県広島市-

 2本セット,しかもそれぞれの耳かきを用途別に耳の左右で使い分けるという珍しいカープの耳かきです。

3412203

 裏に説明書きがあり,
 「この耳かきは,愛好家のより細かい要求にこたえて考案された商品です。一般の耳かきとは異なり,左右,奥・手前などさまざまな耳の穴の形状によって使い分けするようデザインされています。今までにない使用感でご満足いただければ幸いです。」
 と説明されています。

 イラスト入りの使用例もあります。

34122031

 ステップ1として,耳の穴の側面や耳のまわりを広くおそうじします。
 これが「スターター」と呼ばれる長い方の耳かきで,先がくびれており,縦長に面取加工されています。

 ステップ2として,かきたい箇所をピンポイントできっちりおそうじします。
 これが「クローザー」と呼ばれる短い方の耳かきで,先のくびれがなく,先端が面取加工されています。

 私は集めている耳かきを使うことはないのですが,さすがにこの耳かきは使ってみないとわからないので,実際に使ってみました。

 確かに使い心地に違いを感じました。

 「スターター」は耳の穴を丸くえぐるのに都合がよく,「クロ―ザー」はピンポイントで出し入れするのに都合がよいように思いました。

 こうした機能があることに加え,カープのデザインの耳かきでもあることから,珍しく,ご当地耳かきのコレクションとしての価値もある耳かきとなっています。

 
 昨年に続き,今年も広島カープはこの耳かきのごとく他球団を見事スイープ(一掃)してリーグ優勝となりました。

 祝 広島東洋カープ 2年連続セ・リーグ優勝!(2017年9月18日)

2017年9月17日 (日)

イギリス料理の特徴と主な料理4 -ヴィクトリアケーキ-

 イギリスのヴィクトリア女王(即位1837~1901年)は,イギリスが工業化の最先進国となり,政治・経済・社会の面で繁栄期となった時代(「パクス・ブリタニカ(イギリスの平和)」)を象徴する女王です。

 1837年,18歳にして大英帝国の女王に即位しました。

(若き日のヴィクトリア女王)
Photo_2
(谷川稔・北原敦・鈴木健夫・村岡健次『世界の歴史22 近代ヨーロッパの情熱と苦悩』中公文庫から引用)

 初々しいヴィクトリア女王です。

 イギリスで有名なバッキンガム宮殿は,このヴィクトリア女王が即位して以降,イギリス王室の公式な宮殿となりました。

 即位後,64年の長きにわたってイギリスの王座に君臨し,政治に深く関わりました。

 そして孫にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(長女の子)やロシア皇后アレクサンドラ(ニコライ2世妃・次女の子)をもつなど,婚姻を通じてヨーロッパ王室のゴットマザーとなりました。

(ヴィクトリア女王)
Photo_3
(玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』新潮文庫から引用)

 「こわそうな顔をしている」…って玉村さん(笑)。
 でも…確かにこの風格と凄みのある女王に抵抗しようという人や国はなかったことでしょう(笑)。

 ヴィクトリア女王と夫のアルバート公(現在のドイツ出身)は,ともに勤勉,真面目で,家族団らんを重視したことから,上流階級ではなく,むしろ中流階級の家庭像の模範を世に示したと言われています。

 そんなヴィクトリア女王の名を冠したイギリスのケーキがあります。

 その名も「ヴィクトリアケーキ」です。

(ヴィクトリアケーキ)
Photo_4

 小麦粉,バター,卵,砂糖,ベーキングパウダーなどの材料で焼き上げたシンプルなケーキ生地に,ラズベリージャムをはさんで作られるケーキで,サンドイッチのようにジャムをはさむことから「ヴィクトリアサンドイッチケーキ」とも呼ばれています。

 ベーキングパウダーが使われているので,ふわふわ,サクサクした食感となっています。

 シンプルな味のケーキ生地なので,中の甘酸っぱいラズベリージャムとの相性が抜群です。

 確かに厚切りのジャムサンドという表現がぴったりです。

 このヴィクトリアケーキ,一説によると,最愛の夫アルバート公を亡くし,悲しみのまっただ中にあったヴィクトリア女王をなぐさめ,元気付けるためにティーパーティーで出されたのが始まりで,ヴィクトリア女王がとても気に入られたことから女王の名前が付けられたとか。

 ちなみに,イギリスはアフタヌーン・ティーが有名ですが,この習慣はヴィクトリア女王の時代に始まったものです。

 こうしたお話を踏まえて,もう一度ヴィクトリア女王の肖像画を御覧ください。

 一見こわそうにも見えますが(笑),その奥に,最愛の夫を亡くし,その後の生涯を喪服で過ごしたヴィクトリア女王の優しさ,さみしさ,ひたむきさ,包容力までもが表現されているように感じられないでしょうか。

 このような言い伝えのあるヴィクトリアケーキは,その後またたく間に人々に広まり,今もなおイギリスのティータイムに欠かせない定番のお菓子となっています。


<参考文献>
 谷川稔・北原敦・鈴木健夫・村岡健次『世界の歴史22 近代ヨーロッパの情熱と苦悩』中公文庫
 『詳説 世界史図録』山川出版社
 玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』新潮文庫
 沼野恭子編『世界を食べよう!東京外国語大学の世界料理』東京外国語大学出版会

<関連サイト>
 「パディントン」(広島県福山市沖野上町5-6-12)
 「サンドイッチケーキのレシピ」(NHK教育テレビ「グレーテルのかまど」ウェブサイト)

2017年9月13日 (水)

パンの研究3 -江川坦庵とパン祖のパン・カノンパン-

「パン祖のパン」と「カノンパン」

 前回(「パンの研究2 -パン祖 江川坦庵,韮山反射炉・江川邸・パン祖の碑-」)は江川坦庵とパンの歴史的背景を中心に御紹介しましたが,今回は江川坦庵にちなんだパンなどを御紹介したいと思います。

(「パン祖のパン」・「カノンパン」販売の様子)
Photo

 韮山反射炉に隣接する「蔵屋鳴沢(反射炉物産館)」で販売されていた「パン祖のパン」と「カノンパン」です。

 これらのパンは,静岡県函南町にある製パン会社「グルッペ石渡食品」が,江川坦庵が焼いたパンと同じ製法で忠実に再現したものです。

(パン祖のパン・カノンパン(包装))
Photo_2

 写真左上が個包装の「パン祖のパン」,その下が5個入りの「パン祖のパン」,右半分が「カノンパン」です。

 開封して中のパンを取り出してみました。

(パン祖のパン・カノンパン)
Photo_3

 写真左側の丸いパンが「パン祖のパン」,右側のスティック状のパンが「カノンパン」です。

 「パン祖のパン」の原材料は「小麦粉(全粒粉),塩,米糀」,「カノンパン」の原材料は「小麦粉(全粒粉),塩,自然酵母,米糀」とシンプル・明瞭です。

 中の様子も確認しておきましょう。

(パン祖のパン・カノンパン(断面))
Photo_4

 「パン祖のパン」は非常に固いパンなので,包丁でもなかなか切り分けることができません。

 一方「カノンパン」の方は食べやすいようスティック状(大砲の形)にし,「パン祖のパン」に比べて多少柔らかめに作られていますが,それでも半分に折るには相当な力が要ります。

 それでは,実食の感想もあわせて,各パンの特徴をまとめておきたいと思います。


パン祖のパン

 江川坦庵が初めてパンを焼いた時のパンと同じ製法で忠実に再現されたパンです。

 グルッペ石渡食品の石渡浩二氏が郷土資料館や江川文庫の資料を読み,何年もの試行錯誤の上に出来上がりました。

 材料に酒種を使うアイデアは,もともと半農半士で,お酒も作っていた江川家の状況も踏まえて浮かんだもののようです。

 兵糧食としてのパンで,日持ちするよう二度焼きして水分を限界まで(3~4%まで)飛ばしているため,乾パンに近い非常に固いパンです。

 サイズは直径約8cm,高さ約2cmです。

 パンを食べようとすると,パンの表面に歯が当たって止まり,さらに力を入れて噛み切ろうとすると徐々にパンに歯が食い込んでいき,最後に何とか噛み切れるほどの固さです。

 包装紙の「お召し上がり方」にも,「本製品は,二度焼き製法により水分量が非常に少なく,堅いパンです。召し上がりにくい場合は,湯茶等に浸してお召し上がりください。」と書き記されています。

 味はこれといった塩味,甘味などはほとんど感じられません。

 市販のロールパンからバター,塩,砂糖などを抜き,カリカリになるほど何度も焼き上げて水分を飛ばしたようなイメージの,シンプルで小麦の自然な味や香りが楽しめるパンでした。


カノンパン

 カノンパンは,「江川坦庵が初めてパンを焼いた時のパンと同じ製法で防災用としてアレンジしたスティックパン」と説明されています。

 長さ約13cmの棒状のパンです。

 こちらも固いことは固いのですが,それでもパン祖のパンに比べるとまだサクサクしており,スティック状なので食べやすいです。

 イタリア料理で出されるグリッシーニをより固く太くし,塩味を抜いたような味・食感です。

 そのため,食べ方の説明にも,そのまま食べるほかに,○ジャムやマーガリンをつけて食べる,○わさび漬けをつけてビールやワインのおつまみとする,○シチューに浸して食べる,○チーズフォンデュで食べるといった方法が紹介されています。

 パン祖のパンは非常に固いパンなので,食べる時に少し気合いを入れる必要がありますが,カノンパンはそこまで気合い入れなくても割合気軽にいただくことができるパンに仕上げられています。


グルッペ本町店

 韮山反射炉や江川邸を見学した後,グルッペ石渡食品の直営店舗の1つ,静岡県三島市にある「グルッペ本町店」を訪問しました。

(グルッペ本町店)
Photo_5

 今回御紹介した「パン祖のパン」,「カノンパン」のほかに,日本全国ご当地パン祭りで優勝した「みしまコロッケパン」や「みしまフルーティーキャロット」など,地域の特色を生かした独創的なパンが数多く販売されています。

 私が訪問した夕方には「みしまコロッケパン」は完売していたので,コッペパンで作られたみしまコロッケサンドをいただいたのですが,確かにコロッケの衣はサクサク,中はホクホクで美味しかったです。

 また,中にレモンカスタードクリームが入ったレモンパンもいただきましたが,こちらもレモンの酸味がきいていて,美味しかったです。

 さらに,三島駅構内の売店では静岡県民のソウルフードと言われる「バンデロール」の「のっぽ(パン)」(クリーム)を買うなど,この日はパンづくしの1日となりました。


まとめ

 私は職場へのお土産の1つとして「カノンパン」を皆さんに配ったのですが,美味しいというよりは,珍しいという反応で食べていました。

 このパンはそれで正解なのだと思います。

 再現された「パン祖のパン」や「カノンパン」が,江川坦庵がパンを試作した時から150年以上経った現代のパンよりも美味しいとすれば,日本のパン業界は150年以上もの間,一体何をしていたのかという話になるわけですから(笑)。

(江川英龍(坦庵)自画像)
Photo_6
(パンフレット「重要文化財 江川邸 史跡 韮山役所跡」江川邸公開事務室から引用)
(公益財団法人江川文庫 所蔵)

 
幕末に「兵糧パン」として開発されたパン祖江川坦庵のパン。

 兵糧食に適していると判断された理由は,軽くて携行しやすく,水分が少ないので日持ちすることにあったのでしょう。

 そして味よりも実用的な食事かどうかが重視されたことと思います。

 現在販売されている「パン祖のパン」や「カノンパン」も,歴史を物語るパンというだけでなく,携行しやすく日持ちするという特徴を生かした「防災食」としても高い評価を得ておられるようです。


 今回御紹介した固い「パン祖のパン」・「カノンパン」も,それにまつわる日本のパンの歴史も,ゆっくり噛みしめながら,その本質を味わいたいものです。


<関連記事>
 「パンの研究2 -パン祖 江川坦庵,韮山反射炉・江川邸・パン祖の碑-
 「歴食の世界 -「幕末維新パン」と幕末維新期のパン開発物語-

<関連リンク>
 「蔵屋鳴沢(反射炉物産館)
 「グルッペ石渡食品
 「バンデロール

<参考文献>
 岡田 哲『明治洋食事始め』講談社学術文庫
 東嶋和子『メロンパンの真実』講談社文庫
 武光 誠『イラスト図解版 食の進化から日本の歴史を読む方法』河北書房新社

2017年9月 9日 (土)

みかん(あたみ)の耳かき -静岡県熱海市-

静岡はみかんの一大産地です。

特に一般的に「みかん」と呼ばれている「温州(うんしゅう)みかん」の生産量は日本一を誇ります。

この耳かきのみかんはこけしのような顔をしたみかんで,ヘタは緑の帽子のデザインとなっています。

仲良くペアになり,鈴も付けられています。

この耳かきの価値は何と言っても手書きで書かれた地名を示す「あたみ」という文字です。

手書きなので,お店で見ると字が1つ1つ微妙に違っていましたが,そこに温かみが感じられるのです。

「あたみ」が「あた(たか)み」を略した表現にも思えました。

和歌山のみかんの耳かき(「みかん(和歌山)の耳かき -和歌山県和歌山市-」)と同じデザインですが,よく見ると髪型や顔の表情に違いがあることがわかり,こちらも手書きならではの「味」を感じます。

2203202_2

2017年9月 8日 (金)

みかん(和歌山)の耳かき -和歌山県和歌山市-

和歌山はみかんの生産量日本一です。

有田地方の有田みかんが全国的に有名ですね。

そして紀州みかんと言えば,江戸時代,江戸でみかんの価格が高騰した情報を察知し,悪天候の中,船に大量の紀州みかんをのせて紀州から江戸へ運び,そのみかんを売って財をなした紀伊国屋文左衛門の話を思い出します。

この耳かきのみかんはギザギザの前髪もあり,こけしのような顔の表情をしています。

みかんのヘタは緑の帽子にデザインされています。

と,みかんばかり注目しがちですが,私がこの耳かきで価値があると思うのは画像下側の耳かきの柄に記されている「和歌山」という地名です。

これがなければ,愛媛でも静岡でも広島でも,みかんで有名な所ならどこで売られていてもおかしくないわけですから…。

でももしかしたら,耳かきの地名だけ変え,みかんで有名なほかの地域でも同じ耳かきが売られているかもしれませんね(笑)。

3003201

(参考)
よく似たみかんの耳かき「みかん(あたみ)の耳かき -静岡県熱海市-

2017年9月 4日 (月)

パンの研究2 -パン祖 江川坦庵,韮山反射炉・江川邸・パン祖の碑-

江川坦庵ゆかりの地 伊豆の国市へ

 毎月12日はパンの日です。

 パンの日は,「日本のパン祖」と呼ばれている江川太郎左衛門英龍(坦庵)(えがわたろうざえもんひでたつ(たんあん))がパンを初めて試作した日(1842(天保13)年4月12日)にちなんでパン食普及協会が制定しました。
 ※江川太郎左衛門英龍(坦庵)は以下,「江川坦庵」と表記させていただきます。

 日本のパンのルーツを求めて,日本のパン食普及の礎を築いた江川坦庵ゆかりの地,静岡県伊豆の国市を訪問しました。

(伊豆箱根鉄道駿豆線 伊豆長岡駅と7000系車両)
7000


韮山反射炉

 伊豆長岡駅前観光案内所のレンタサイクル受付で自転車を借り,地図が掲載された観光パンフレットをいただいて,韮山反射炉を目指しました。

 訪問した日は日曜日だったので,土日祝日に運行されている「観光周遊型韮山反射炉循環バス」を利用する方が安い(1乗車100円)し便利だと強くすすめられたのですが,タイトなスケジュールで行動している私にとっては,時間を有効利用出来る自転車の方が便利でした。

 自転車で約10分,意外と駅から距離があるなと感じつつ,韮山反射炉に到着しました。

(韮山反射炉)
Photo

 反射炉は,石炭などを燃料として発生させた熱や炎を炉内の天井で反射させ,そのエネルギーを金属に集中させることで金属を溶かすための設備です。

 その溶かした金属で大砲などの武器が鋳造されました。

(鉄製24ポンドカノン砲(再現))
Photo_2

 江川坦庵が韮山代官に就任していた当時の日本は,内政面では全国的な飢饉(天保の飢饉)に見舞われて一揆や打ち壊しが頻発し,外政面では異国船が相次いで来航するなど,問題が山積みでした。

 そのため,江川坦庵は内政では質素倹約に努め,外政では鉄製大砲を鋳造するための反射炉の築造を幕府に進言したのです。

 幕府はこの江川坦庵の進言にすぐには応じませんでしたが,やがて太平の日本を震撼させる事件が起こります。

 ペリー艦隊の日本来航です。

 この出来事で海防体制の強化の必要性を感じた幕府は,ついに反射炉と品川台場の築造を決定し,江川坦庵の指導のもとで韮山反射炉が作られることとなったのです。

(韮山反射炉と江川坦庵公像)
Photo_3

 内外情勢の情報収集に努めた江川坦庵には,先見の明があったのですね。

 こうして韮山反射炉をひととおり見学した後,自転車に乗って江川邸へ向かいました。


重要文化財江川家住宅(江川邸)

 重要文化財江川家住宅(江川邸)は,韮山の代官所が併設されていた江川家の住宅です。

(江川邸)
Photo_4

 江川邸の邸内には,書・絵画・工芸品など様々な資料が展示されています。

 そうした展示の中で,江川坦庵とパンに関係するものを御紹介します。


パン焼き窯と鉄鍋

 江川邸内にある土間の一角にパン焼き窯と鉄鍋が展示されていました。

(パン焼き窯と鉄鍋)
Photo_5

 パン焼き窯を形作っていた伊豆石の一部と鉄鍋が展示されているもので,本来のパン焼き窯はもっと大きくしっかりとした形のものだったようです。

 パン焼き窯の面影を偲ぶ展示物ですが,これこそが,1842(天保13)年4月12日に江川坦庵が初めてパンを試作したパン焼き窯の一部であり,日本のパンのルーツを示す貴重な展示物だと言えるでしょう。


パン祖の碑

 江川邸の庭の一角にパン祖江川坦庵を称えた「パン祖の碑」が設置されています。

(パン祖の碑)
Photo_6

 1952(昭和27)年に全国パン協議会と静岡県パン協同組合が江川坦庵に「パン祖」の称号を贈り,この「パン祖の碑」を建立して功績を称えました。

 碑には,「パン祖江川坦庵先生邸」と刻まれ,その説明書きとして,「江川坦庵先生は維新期の先覚者なり。材は文武を兼ね,識は東西に通じ,百藝皆該(ひゃくげいみなか)ぬ。乃(すなは)ち製麺麭(せいぱん)の術も亦(また),本邦の開祖なり。昭和後学蘇峰正敬識」と刻まれています。

 江川坦庵先生は日本の製パン技術の開祖だと記されたもので,書は蘇峰正敬,つまり徳富蘇峰によるものです。

 ここで私も記念撮影をしようと,ガイドの方に写真撮影をお願いしたところ,「パン業界の方ですか」と聞かれたので,「いえいえそんな…パンに興味がある者です」とお答えしました。

 撮影モードはもちろん,パン好きな私と「パン祖の碑」の全てにピントが合うパンフォーカスです(笑)。

 日本のパンの歴史や食文化に興味のある方は,静岡県伊豆の国市へお出かけになることをおすすめします。


<関連リンク>
 「国指定史跡韮山反射炉」(伊豆の国市)
 「重要文化財 江川邸」(財団法人江川文庫)

<参考文献・資料>
 岡田 哲『明治洋食事始め』講談社学術文庫
 東嶋和子『メロンパンの真実』講談社文庫
 パンフレット『韮山反射炉』伊豆の国市観光文化部世界遺産課
 パンフレット『重要文化財江川邸 史跡韮山役所跡』江川邸公開事務室

« 2017年8月 | トップページ

最近のトラックバック

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ