各国料理の特徴と主な料理

2017年12月17日 (日)

日本料理の特徴と主な料理2 -料理人 平野寿将さんから熟成魚の魅力を学ぶ-

「引き算の料理」

 日本料理は「引き算の文化」です。

 「引き算の文化」とは,必要以上に手を加えないこと,本当に必要なものだけを用いること,そして素材そのものの味を引き出すことを良しとする文化のことです。

 引き算しても美味しい料理に仕上げるためには,産地や仕入先を厳選し,食材を新鮮な状態で入手し,その食材の最高の部位を用い,食材の味を引き立てる水・だし・調味料などにこだわり,瞬時に料理することが求められます。

 今回は,こうしたことを実践され,自らの料理を「引き算の料理」とおっしゃる和の料理人 平野寿将(ひらのひさま)さんの世界を御紹介したいと思います。


「馳走啐啄一十」での平野寿将さんとの出会い

 今回,知人の紹介で広島の日本料理店へ行く機会がありました。

 「馳走啐啄一十」(ちそうそったくいと)という,料理人 平野寿将さんが手がけておられるお店です。

 日本に住んでいながら,日本料理は高級で敷居が高いというイメージがあり,なかなか味わえる機会がなかっただけに,今回はあらゆることを勉強させていただこうと思いつつ,お店を訪問しました。

(「馳走啐啄一十」玄関)
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 「馳走啐啄一十」は一流の日本料理店なので,私が訪問すると知った瞬間,周囲の人達からは,「品良く」,「気の利いた話を」,「恥ずかしくない服装で」…など,親切に「御指導」いただきました(笑)。

 あまりに言われると,普段の私はその逆なのかと思ったりもしましたが,食事の際のマナーは自分のためではなく,店内のほかのお客さん達,お店の人々,そして同伴の人に対する敬意と気遣いだと心得ていますので,それなりの服装で訪問しました。

 お店の入口に,ワインセラーのような昆布の貯蔵庫「昆布セラー」が設置されていました。

(「昆布セラー」)
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 福井県敦賀市「奥井海生堂」の蔵囲(くらがこい)昆布です。

 1年以上蔵で寝かされた昆布で,ワインと同様,「ビンテージもの」として取り扱われています。

 昆布の旨味成分であるグルタミン酸の白い粉が浮いているのがわかります。

 これは期待できます。

 開店時刻少し前の店内に入ると平野さんが厨房で調理の準備をされていました。

 「あ,あの有名な平野さんだ」と思ったのもそこそこに,開口一番,私が平野さんにお話ししたのは,「あのーすみません,トイレに行かせてください。」でした。

 「品良く」,「気の利いた話を」…あの周りからのアドバイスは一体何だったのでしょう(笑)。

 最初に手を洗い,落ち着いてじっくり味わうのが私の流儀なのです。

 でも,これで場は一気に打ち解け,私は平野さんの調理台の真正面のカウンター席に案内していただきました。

 あの有名な平野さんと1対1でお話しが出来るとは何と言う幸運!
 緊張よりも嬉しさで一杯になりました。

 誘ってもらった隣席の知人に心から感謝しました。

 平野さんはとても気さくな方で,平野さんからいろいろ話しかけてくださったこともあり,会話が弾みました。

 冒頭,私は平野さんに「今回フランスの美食ガイドブック『ゴ・エ・ミヨ(Gault & Millau)』の日本版第2号にお店が紹介されることとなり,心からお祝い申し上げます。」とお話ししました。

 この話を皮切りに,広島の軟水とだしの話,広島の牡蠣養殖の話,生の刺身と熟成魚の違い,仕入れ先への並々ならぬこだわりの話など,いろんな興味深いお話を伺うことができ,とても勉強になりました。

 お菓子にも使われるほど甘味のある加賀蓮根の料理が出された際,私は金沢の料亭「大友楼」で味わった郷土料理の治部煮が頭に浮かびました。

 そこで,治部煮などに用いられる加賀野菜「金時草(きんじそう)」のお話をしました。

 すると平野さんの料理される手が一瞬止まり,常連の知人に向かって「(連れてきた彼は)詳しいねえ。」と言っていただけました。

 一流の和の料理人からそう言っていただけたことがとても嬉しかったです。

 その後,隣の知人からは「彼は食の知識はあるけど,それを発揮できる場がないから(笑)」と余計な事まで言われましたが…(笑)。

 終始和やかな雰囲気で接してくださった平野さんも料理を作る姿は真剣勝負そのものでした。

 料理が一品一品出されるたびに,一瞬ピーンと張りつめた緊張感を感じるのです。

 いただく私も全身全霊を料理に傾け,平野さんの料理に込めた思いを少しでも感じ取れるよう努力しました。


平野寿将さんの料理の世界

 今回味わった料理を御紹介します。

(加賀蓮根のすり身)
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 先程御紹介した加賀蓮根のすり身です。

 加賀蓮根はお菓子に使われているぐらい甘味の強い蓮根で,蓮根そのものの味を自慢のだしと一緒に堪能しました。

(香箱ガニの甲羅盛り)
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 香箱ガニは,北陸地方でとれる雌のズワイガニのことで,小ぶりながらカニの身,卵,カニ味噌がぎっしり詰まっていることが特徴です。

 写真左上が厚岸の雲丹,その下側には「内子(うちこ)」と呼ばれるカニ味噌,中心に白いカニの身,右上が「外子(そとこ)」と呼ばれるカニの卵で,カニ酢に合うよう彩り豊かなキュウリや食用菊も添えられています。

 カニの身や卵はそのままで飲めるほどすっきりした極上ポン酢をかけていただきました。

 雲丹は昆布や海藻を餌とするため,良質な昆布が採れる海には良質な雲丹がいることになります。

 広島に居ながら,その極上の昆布(だし)も雲丹もいただけるのですから,贅沢の極みですね。

(蕪のすり流し椀)
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 お店での正式名称は「広島の竹原市の湧水蔵囲い26年度収穫の船泊浜産天然利尻昆布がベースの蕪のすり流し椀」と長い名前となっています。

 お吸い物にすりおろした京都の蕪(かぶ)が入ったいわゆる「おろし汁」で,とてもシンプルな料理なだけに,水やだしの真価が問われることとなります。

 極められた昆布だしの旨味を直球勝負で味わえる一品でした。

(焼き白子と瀬戸内蛸の煮物)
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 備長炭で焼いた佐渡の鱈の白子と瀬戸内海で採れた蛸の煮物です。

 蛸がとてもやわらかかったのですが,これは香川県寄りの瀬戸大橋近くの海に生息する蛸だからこその食感だと教えていただきました。

 これとは別に,白子ポン酢で生の白子もいただきました。

 そしていよいよ,お店自慢の熟成魚の刺身です。

 熟成魚とは,釣った魚を「脳殺」→「放血」→「神経締め」→「氷結」といった手順で手当てした後,低温で寝かせ,釣ったばかりの魚の刺身よりも,一層香りと旨味を引き立たせた魚のことです。

(カワハギと鯛)
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 最初に72時間熟成のカワハギと58時間熟成の鯛の刺身が出されました。

 小皿には,刺身の調味料として27年継ぎ足している極上ポン酢,醤油,粗削りの塩の3種類が用意されていました。

 余分な水分は抜け,透き通ってプリプリした身になっていました。

(シマアジ)
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 こちらは五島列島で採れた30日間熟成のシマアジです。
 これ一切れで1,000円するそうです。

(クエ)
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 平野さんから,「これはねぇ,ヤバいよぉ。」と威勢よく出していただいた,長崎で採れた幻の高級魚クエの刺身です。
 そう言われると落ち着いてクエません(笑)。

(イシガキダイ 生ハムのせ)
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 22日間熟成のイシガキダイです。イベリコ豚の生ハムがのせられています。

 不思議な組み合わせに見えましたが,いただいてみるとその理由がすぐに理解できました。

 熟成したイシガキダイの刺身がまるでチーズのようにねっとりとしていて,チーズに生ハムを合わせる感覚でいただくことができるのです。

 平野さんが,カウンター越しの私の真正面で,見事な包丁さばきで切られた刺身をその都度「はい,これ食べてみて!」と自信たっぷりに出していただけたので,料理人と客との一体感が感じられました。

 御紹介した刺身のほかにも,金目鯛,ヒラマサ,カンパチなどいろんな熟成魚の刺身を味わうことができました。

 お店の奥にある魚の熟成用冷蔵庫を見せていただきました。

(熟成用冷蔵庫)
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 庫内温度は3.8℃となっていました。
 魚にきちんとした処理を施し,温度管理を行うことで,生の魚でも驚くほど日持ちさせることができるのだなと感心しました。

(源助大根・里芋・水菜の煮物)
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 こちらは,加賀野菜の源助大根と里芋・水菜の煮物です。おぼろ昆布がのせられています。

 この煮物の決め手は,やはり「だし」です。
 少々お行儀が悪いですが,平野さんにお許しを得た上で,だし汁も飲み干しました。
 でもこれは私から平野さんへの最高の敬意でもありました。

(ローストビーフと椎茸旨煮)
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 意表を突いて刺身のようなローストビーフと椎茸旨煮が出されました。

 わさびと和からしでいただきます。

 椎茸は岡山県美作市「ムサシ農園」の天然水かけ流しで作られた肉厚の椎茸で,アワビのような食感でした。そして調味料なし,水で煮ただけなのが信じられないほど旨味を強じました。

 添え野菜は「ハマボウフウ(浜防風)」と呼ばれる海岸に面した砂地に自生している珍しい植物です。

 そしていよいよシメのご飯となりました。これがサプライズでした。

(トリュフといくらの炊き込み御飯)
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 何とご飯にたっぷりのいくらと刻まれたトリュフがのせられているのです。

 これはいくら何でも文句のつけようがありません。

 あらかじめ米の中にトリュフを入れておき,米にトリュフの香りを浸み込ませておいたり,包丁で微妙に角度を変えながら刻むなど,トリュフの風味を最大限引き出すための工夫が施されています。

 また黒の秋トリュフと冬トリュフが使われており,トリュフの味の違いも楽しめました。

 さらに,山梨・甲府産の溶いた生卵をかけ,刻んだトリュフの香りを卵で閉じ込めた卵かけご飯もいただきました。

(トリュフといくらの炊き込み御飯(卵かけ))
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 お客様に今日の食事が忘れられない思い出となり,感動を味わっていただきたいという平野さんの気持ちが込められた料理でもあるのです。

 その後,小豆アイスの上に抹茶ムースがのせられたデザートも堪能しました。

 平野さんとの楽しい会話とともに,素材と技を極めた数々の美味しい料理を堪能させていただき,思い出に残る食事となりました。

 広島にお越しになられた際には,「広島の水は世界一」・「日本料理は水の料理」とおっしゃる平野寿将さんの料理を味わい,広島の味を堪能していただくのもよろしいかと思います。


熟成魚の魅力

 日本料理は,鮮度が重視され,生食が好まれる傾向にあります。

 日本人に刺身が好まれることは,その最たる例でしょう。

 ならば,「わざわざ魚を熟成させることなく,新鮮なうちに刺身で食べるとよいのでは」という考えもあるでしょう。

 その考えは正しいですし,実際私たちが刺身として食べているのは,そのほとんどが新鮮なうちに食べる刺身です。

 では手間暇かけて熟成魚にすることのメリットは何なのでしょうか。

 その一番のメリットは熟成させることでうま味成分(イノシン酸)を増加させることにあります。

 日本料理は,発酵や熟成によって「うま味」を強め,肉に代わるうまさを追及してきた料理でもあるのです。

 取ってきた魚を活け締めにすることで,なるべく新鮮な状態を継続しつつ,熟成させる(寝かせる)ことによってうま味を増加させるのが熟成魚の目指すところです。

 したがって,熟成魚には,魚を活け締めにし,保存・熟成させ,鮮度と熟成度のバランスがとれた時期を見極められる高度な技術,知識,経験や勘が求められることになります。

 熟成肉に比べ,熟成魚を売りにする料理店が少ないのも,こうした半端ないレベルの高さが1つの理由なのでしょう。

 魚が持つ本来のうま味を極限まで引き出したものが熟成魚であり,その熟成魚の刺身こそ,日本料理の特徴である「引き算の文化」を象徴するの料理の1つなのです。


<関連リンク>
 「馳走啐啄一十」(広島市中区富士見町5-1 随木ビル1階)
 「hisama.net」(平野寿将さんの公式ウェブサイト)
 「Gault & Millau」(「ゴ・エ・ミヨ」)

<関連記事>
 「日本料理の特徴と主な料理1 -日本料理は引き算の文化-

2017年12月10日 (日)

日本料理の特徴と主な料理1 -日本料理は引き算の文化-

日本料理の特徴

 日本料理というと,少しかしこまった表現ですが,日常の食事から料亭の料理まで,多種多用な料理があります。

 日本料理の特徴を列挙してみますと,

(1)季節感を大切にした目で楽しむ料理であり,全体的に淡泊で繊細な味付けが中心となっている。

(2)食材の鮮度を重視し,素材の持ち味を生かした料理が多い。

(3)海に囲まれており,長く肉食禁止とされていたため,米・野菜・魚中心の食文化が形成されてきた。

(4)世界でも稀な,乳製品や動物性脂肪に頼らない食生活を送ってきたため,それに代わる良い「水」,だしなどの「うま味」,(もち)米のような粘り気のある「もちもち感」が求められる。

(5)生の魚を切って盛り付ける刺身や,昆布・鰹節・いりこなどから一瞬にして作られる「だし」など,調理には時間よりも調理人の技が問われる。

(6)刺身,生卵,生野菜など生食を好む傾向がある。

(7)温暖湿潤な気候であることから,発酵食品(日本酒・味噌・食酢・醤油・納豆・鰹節・漬物など)が数多く作られ,食生活の基本となっている。

(8)長い歴史の中で主体性がなかったために,逆に世界中の食を受け入れて同化させている。(てんぷら・カレーライス・とんかつ・パン食など。)

 以上,いろいろと挙げてみましたが,世界の料理と比べて,日本料理はかなり特殊な料理であることは間違いありません。


日本料理は「引き算の文化」

 日本料理は,よく「引き算の文化」と表現されます。

 これに対し西洋料理,インド料理,中国料理などは,様々な食材を加え,スパイスやハーブを加え,乳製品や油脂を加え,熱を加え…と「足し算の文化」であると表現されます。

 日本料理の「引き算の文化」について刺身を例に御説明すると,魚に熱を加えず生のままで,血抜きをし,余分な部位を取り除き,形を揃え,そのたった何切れかを皿にのせ,盛り付けには皿の余白を重んじ,スパイスなどで味付けせず醤油や塩などシンプルな調味料のみで,素材そのものの味を楽しむ…というように常に「引く」ことが良しとされているのです。

(刺身と調味料)
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 写真の刺身は熟成させたカワハギと鯛の刺身です。
 調味料は左からポン酢,醤油,粗削りの塩で,とてもシンプルな構成です。

 煮物においても,昆布や鰹節,いりこなどからだしを引き,素材そのものの味をいかに引き出すかが問われます。

 日本酒も良い例です。

 特に純米大吟醸酒などは,原材料は米,米麹,水だけで,アルコールすら添加されません。
 酒米は雑味をなくすために丸い玉のようになるまで削られますし,米や水そのものの味や杜氏の技術力で日本酒の出来栄えが決まってしまいます。

 このように,日本料理には必要以上に手を加えないこと,本当に必要なものだけを用いること,そして素材そのものの味を引き出すことを良しとする「引き算の文化」があるのです。

 この文化は,日本においしい水が豊富にあるからこそ可能だったとも言えます。


まとめ

 現在,世界各国の様々な料理が流入している日本ですが,それらの料理によって日本人の食の価値観,嗜好,好まれる食感(テクスチャ)などまで大きく変化させられるわけではないと思います。

 それゆえに,こうした日本料理の基本的な特徴を理解しておけば,日本料理そのものだけでなく,日本の食に関係するあらゆる分野・業種で,研究やビジネスのヒントとなることでしょう。


<参考文献>
 石毛直道・鄭大聲 編「食文化入門」講談社
 岡田 哲「食の文化を知る事典」東京堂出版

2017年12月 3日 (日)

ベトナム料理の特徴と主な料理 -バインセオ・ブンチャー・バインベオ・バインフラン・フォー-

ベトナム料理の特徴

 東南アジア,インドシナ半島東部に位置するベトナムは,地理的に大国の中国やインドに近く,中国やフランスそしてアメリカに統治されてきた歴史も有しています。

 そのため,食文化についても,東南アジアの伝統的な料理(「ニョクマム」などの魚醤,パクチーをはじめとする各種ハーブ類,ココナッツミルクなどを用いた料理)を守りつつも,中国料理,フランス料理,アメリカ料理そしてインド料理(香辛料などを多用する料理)の影響も強く受けたものとなっています。

 中国や欧米の食文化の影響を受けていることもあり,食の制約(タブー)はゆるやかです。

 稲作が盛んなことから米食が中心で,米はご飯だけでなく,米粉を加工したライスヌードル(フォーなど)やライスペーパー(生春巻など)としてもよく食べられています。

 また,海岸線が長いので海の幸にも恵まれています。

 味で言えば,ベトナム料理は,タイ料理の特徴である5つの味覚(辛味,酸味,甘味,塩味,旨味)が複雑に絡み合った味と同じ傾向にあると言えるでしょう。

 ただ,タイ料理ほどそれぞれの味が強く主張していません。

 また,中国料理ほど油を多く使わず,フランス料理の洗練された調理法も取り入れられているため,比較的マイルドな味付けになっており,日本人にも食べやすい料理が多いと言えます。


バインセオ

 広島に本格的なベトナム料理店がオープンしたとの情報を得たので,訪問してみました。

 アラカルトでの注文だったので,ベトナムを代表する料理を選んでみました。

(バインセオとライスペーパー)
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 ベトナムの代表的な料理の1つ「バインセオ」です。

 もやし,豚肉,海老などを一緒に炒め,炒めた具をオムレツのように皮で包んだ料理です。

 皮は米粉・ココナッツミルク・ターメリックなどを混ぜた生地を薄く伸ばして焼いたものです。

 お店の方から,「ライスペーパーにバインセオをのせ,パクチーやレタスなどの野菜を添えて,それらを包み,つけダレをつけて召し上がってみてください。」と食べ方を教えていただきました。

(バインセオとヌクチャム)
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 つけダレはニョクマム,酢,ニンニク,レモンなどで作ったタレに人参や大根の千切りを加えたもので,「ヌクチャム」と呼ばれます。

 日本の「紅白なます」とよく似た味がしました。

 弾力のあるライスペーパー,パリパリの皮,シャキシャキのもやし,豚肉や海老の旨味,アクセントとなるパクチーを1つにまとめ,甘酸っぱいヌクチャムをつけていただくと,様々な味や食感を一度に楽しむことができました。

 バインセオは,クレープやお好み焼とよく似ていますが,この発想は,フランスのそば粉や小麦粉を使ったガレットやクレープにも相通じるところがあるように思いました。


ブンチャー

 数あるベトナム料理の中で,ぜひ一度味わってみたいと思っていた料理が「ブンチャー」です。

 ベトナムを旅行されたKhaawさんのブログ記事を読んで知りました。

 お店のメニューにブンチャーがあったのですが,平日のランチセットだけの料理となっていたため,訪問した日曜日のメニューにはありませんでした。

 でも,そこで簡単に諦めないのが私流(笑)。

 ブンチャーを味わってみたい旨をお店の方にお話しすると,こころよく応じてくださいました。

(ブンチャー)
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 大皿にボリュームたっぷりのブンチャーが用意されました。

 「ブン」はそうめんのような細い米粉麺(ビーフン),「チャー」は豚肉という意味だそうです。

 どっさり盛られたそうめんのようなブン,その上には炭火焼きの豚バラ肉がのせられています。

 さらに挽き肉・人参・春雨などの具が入った揚げ春巻や,パクチー・レタスなどの野菜も皿に盛られていました。

 そしてよく見ると,つけダレの甘酸っぱいヌクチャムの中にも炭火焼きのつくねが3つも入っていました。

(ブンチャー(ヌクチャム))
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 魚醤で味を調えた汁気の多い紅白なますのようなタレの中に,ビーフン,焼肉,つくね,野菜などを入れ,つけ麺としていただくイメージです。

 日本のそうめんのような食べ方ですが,肉があるので,もっと豪快でボリュームがあります。

 お店の方が,このブンチャーは,アメリカのオバマ前大統領がベトナムで召し上がったものと同じものだと自慢しておられました。

 韓国の「プデチゲ」やインドネシアの「ナシゴレン」・「ミーゴレン」など,少し前までマイナーな存在だった海外の料理が,日本で徐々に知られ,人気を得るようになった事例は多々ありますが,この「ブンチャー」も同様に今後日本で紹介され,ヒットする可能性は十分にあるように思いました。


バインベオ

 「バインベオ」は,米粉を蒸した餅料理・餅菓子のことで,ベトナム中央部に位置するフエの宮廷料理の1つです。

(バインベオ)
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 米粉を水で溶いた生地を型に流し,蒸して餅のように固められています。

 上にのせられた黄色いものは,小豆に似た豆を蒸したものだそうです。

 仕上げに餅の周りにココナッツミルクがかけられています。

 もっちりと仕上がった米粉の餅には,ほんのりと甘味が感じられ,ココナッツミルクや豆と一緒にいただくと,より美味しくいただけました。

 今回のバインベオは甘いデザートとして用意されていましたが,海老や豚肉をのせて料理の前菜やおやつとして食べられることも多いようです。

 ココナッツミルクは東南アジアの代表的な食材ですが,米粉を使って「蒸す」という調理法は中国から受けた調理法だと思います。


バインフラン(ベトナム風プリン)

 デザートは一品だけで済ませる予定でしたが,お店の方からいろんなお話を伺ううちに,プリンが一押しだと伺ったので,追加でいただくことにしました。

 ベトナムではプリンのことを「バインフラン」と呼ばれているようです。

(バインフラン(ベトナム風プリン))
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 卵の白身は使わず,黄身だけで作られたカスタードプリンなので,とても濃厚な,これぞカスタードプリンの王道と言えるような味がしました。

 残った白身は,まかないで出されているという涙ぐましいお話まで伺いました(笑)。

 併せて,ベトナムでプリンがよく食べられているのは,フランスがベトナムを統治していた時代に,フランスのお菓子としてもたらされたからだと教えていただきました。

 フランス料理には,卵や牛乳などの液体を型に入れて蒸し,プリンのように仕上げた「フラン」と呼ばれる料理・菓子があります。

 今回御紹介したベトナムのお菓子「バインフラン」の「フラン」も,このフランスの「フラン」と関連性があると思います。

 では頭に付く「バイン」はどういう意味でしょうか。

 次に,この「バイン」について少し整理しておきたいと思います。


ベトナム料理には「バイン」という名の料理・菓子が多い

 ベトナム料理には,今回御紹介した「バインセオ」,「バインベオ」,「バインフラン」をはじめ,「バインミー」(バゲット(フランスパン)のベトナム風サンド),「バインクオン」(ベトナム風水餃子),「バインスー」(シュークリーム)など,頭に「バイン」と付く料理やお菓子が数多く存在します。

 「バイン(bánh)~」はベトナム語で「餅,粉もの,お菓子」といった意味があり,漢字では「餅」と表現されます。

 これは中国の「餅(ビン)」という言葉に由来しているようです。

 中国では「麺(ミエン)」は穀物の粉の総称,「餅(ビン)」はその「麺」の中でも小麦粉食品を指す言葉として用いられています。

 その意味が派生して,ベトナムでは「餅,粉もの,お菓子」に「バイン」が使われるようになったのでしょう。

 ただ,ベトナムでの「粉もの」は小麦粉よりは米粉が中心となります。

 小麦粉ではなく米粉が中心となっているのは,ベトナムの米食中心の食事文化が反映されているからでしょう。

 こうして「バイン」という言葉は,ベトナムの米粉を中心とする様々な料理や菓子を表現する言葉として広く用いられるようになったのです。


食文化のオリジナリティとは

 中国での元来の意味からかけ離れてしまっている現象は興味深いですが,それは日本でもみられます。

 日本では「麺」と言えば(穀物の粉ではなく)粉ものを細長く加工したそばやうどん,ラーメンなどを言いますし,「餅」と言えば(小麦粉ではなく)もち米から作られるお餅を言うことが一般的ですよね。

 だから日本から見れば,逆に中国での意味の方が間違っているように思えるわけです(笑)。

 こうした現象がみられる一方で,当然ながら,中国での意味と同じ意味で用いられているベトナム料理もあります。

 その代表例が「フォー」(米粉の麺)です。

(フォー)
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 中国では米粉の麺を「粉」と表現しますが,フォーは,この「粉」のベトナム語での発音「ファン」が変化して「フォー」と呼ばれるようになったという説が有力です。

 今回御紹介した「ブンチャー」の「ブン」も「ビーフン(米粉)」の「粉」からそう呼ばれるようになったのでしょう。


 他の地域や国の食材,調理法,言語,文化などを受け入れる際には,一旦その地域や国で都合がよいように組み換え・加工がなされた上で受け入れられ,オリジナリティを持たせていることがよくわかる事例だと思います。


<関連記事>
 「ベトナムのつけ麺 ブンチャー Bun cha; Vietnamese noodle with pork soup
 (Khaawさんのブログ「-彩雲たなびく天使の街/City of angel under cloud iridescence-」)

<関連リンク>
 「HANOI PHO(ハノイ・フォー)」(広島市中区白島北町3-1 河瀬ビル101)

<参考文献>
 石毛直道『世界の食べ物 食の文化地理』講談社学術文庫
 沼野恭子編『世界を食べよう!東京外国語大学の世界料理』東京外国語大学出版会

2017年9月17日 (日)

イギリス料理の特徴と主な料理4 -ヴィクトリアケーキ-

 イギリスのヴィクトリア女王(即位1837~1901年)は,イギリスが工業化の最先進国となり,政治・経済・社会の面で繁栄期となった時代(「パクス・ブリタニカ(イギリスの平和)」)を象徴する女王です。

 1837年,18歳にして大英帝国の女王に即位しました。

(若き日のヴィクトリア女王)
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(谷川稔・北原敦・鈴木健夫・村岡健次『世界の歴史22 近代ヨーロッパの情熱と苦悩』中公文庫から引用)

 初々しいヴィクトリア女王です。

 イギリスで有名なバッキンガム宮殿は,このヴィクトリア女王が即位して以降,イギリス王室の公式な宮殿となりました。

 即位後,64年の長きにわたってイギリスの王座に君臨し,政治に深く関わりました。

 そして孫にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(長女の子)やロシア皇后アレクサンドラ(ニコライ2世妃・次女の子)をもつなど,婚姻を通じてヨーロッパ王室のゴットマザーとなりました。

(ヴィクトリア女王)
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(玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』新潮文庫から引用)

 「こわそうな顔をしている」…って玉村さん(笑)。
 でも…確かにこの風格と凄みのある女王に抵抗しようという人や国はなかったことでしょう(笑)。

 ヴィクトリア女王と夫のアルバート公(現在のドイツ出身)は,ともに勤勉,真面目で,家族団らんを重視したことから,上流階級ではなく,むしろ中流階級の家庭像の模範を世に示したと言われています。

 そんなヴィクトリア女王の名を冠したイギリスのケーキがあります。

 その名も「ヴィクトリアケーキ」です。

(ヴィクトリアケーキ)
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 小麦粉,バター,卵,砂糖,ベーキングパウダーなどの材料で焼き上げたシンプルなケーキ生地に,ラズベリージャムをはさんで作られるケーキで,サンドイッチのようにジャムをはさむことから「ヴィクトリアサンドイッチケーキ」とも呼ばれています。

 ベーキングパウダーが使われているので,ふわふわ,サクサクした食感となっています。

 シンプルな味のケーキ生地なので,中の甘酸っぱいラズベリージャムとの相性が抜群です。

 確かに厚切りのジャムサンドという表現がぴったりです。

 このヴィクトリアケーキ,一説によると,最愛の夫アルバート公を亡くし,悲しみのまっただ中にあったヴィクトリア女王をなぐさめ,元気付けるためにティーパーティーで出されたのが始まりで,ヴィクトリア女王がとても気に入られたことから女王の名前が付けられたとか。

 ちなみに,イギリスはアフタヌーン・ティーが有名ですが,この習慣はヴィクトリア女王の時代に始まったものです。

 こうしたお話を踏まえて,もう一度ヴィクトリア女王の肖像画を御覧ください。

 一見こわそうにも見えますが(笑),その奥に,最愛の夫を亡くし,その後の生涯を喪服で過ごしたヴィクトリア女王の優しさ,さみしさ,ひたむきさ,包容力までもが表現されているように感じられないでしょうか。

 このような言い伝えのあるヴィクトリアケーキは,その後またたく間に人々に広まり,今もなおイギリスのティータイムに欠かせない定番のお菓子となっています。


<参考文献>
 谷川稔・北原敦・鈴木健夫・村岡健次『世界の歴史22 近代ヨーロッパの情熱と苦悩』中公文庫
 『詳説 世界史図録』山川出版社
 玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』新潮文庫
 沼野恭子編『世界を食べよう!東京外国語大学の世界料理』東京外国語大学出版会

<関連サイト>
 「パディントン」(広島県福山市沖野上町5-6-12)
 「サンドイッチケーキのレシピ」(NHK教育テレビ「グレーテルのかまど」ウェブサイト)

2017年8月27日 (日)

ギリシャ料理の特徴と主な料理 -サガナキ・ホリアティキ・スブラキ・ムサカ・マスティクア-

ギリシャ料理の主な特徴

 エーゲ海のおよそ3,000もの島によって構成されるギリシャは,地中海文明の中心地として,ヨーロッパ,アフリカ,アジアの文化や歴史に大きな影響を与えてきました。

 ギリシャの食文化の中心をなす食材はトマトとオリーブで,1人あたりの消費量がともに世界トップクラスとなっています。

 ギリシャ料理の主な特徴としては,

(1)トマトやオリーブ油がよく使われる。
(2)トマトで煮込んだり,味付けの濃い料理が多いが,香辛料はあまり好まれない。
(3)仔牛肉,仔羊肉,鶏肉,タコ,イカ,ジャガイモ,ナス,キュウリ,ピーマン,きのこをよく用いる。
(4)海洋国であり,魚介類が豊富でよく食べられる。

 ことなどが挙げられます。

 今回は,ギリシャの代表的な料理をいくつか御紹介したいと思います。


サガナキ

 サガナキは,ハルミチーズの鉄板焼きです。

 「ハルミチーズ」は,山羊乳と羊乳から作られるセミハードタイプのチーズで,キプロスが原産とされています。

 とても弾力があるので,少々焼いたぐらいでは溶けることはありません。

 また塩味が効いていることもあり,焼いて食べるのが最も適した珍しいチーズです。

(サガナキ)
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 今回のサガナキは,鉄板で焼いたハルミチーズにオレガノがかけられたもので,添えられたレモンを絞っていただきました。

 シコシコ,モギュモギュとした鶏のささみのような独特の食感で,比較的あっさりした塩味のチーズなので,チーズが苦手な方でも食べやすいと思います。


ホリアティキ

 「ホリアティキ」はギリシャ風サラダのことで,直訳すると「田舎風・自家製サラダ」という意味です。

 「フェタチーズ」と呼ばれる山羊乳や羊乳を使ったギリシャの代表的なチーズや,オリーブの実が使われることに特徴があります。

(ホリアティキ)
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 賽の目に切ったフェタチーズ,カラマタ産のオリーブ,レタス,キュウリ,赤玉ねぎ,トマト,パプリカで構成されるサラダに,オリーブ油と酢がベースのシンプルなドレッシングがたっぷりかけられ,仕上げにオレガノがかけられています。

 フェタチーズは,先程御紹介したハルミチーズとは対照的に,粉チーズを押し固めたかのような,フォークでつつけばポロポロ崩れていく繊細なチーズです。

 このチーズは塩味がよく効いているので,塊を崩しながらサラダに絡めて食べるとちょうど良い味付けとなりました。

 これは基本的なホリアティキですが,今回訪問したお店では,夏限定で角切りのスイカ入りホリアティキも用意されていて,ギリシャではスイカ入りも好まれているとのお話でした。


スブラキ

 スブラキは肉の串焼きのことです。

 あらかじめスパイスに寝かせ,マリネした肉を鉄串(スブラ)に刺し,オーブンでじっくり焼いて,仕上げにレモンオイル,胡椒,パプリカの粉末,オレガノなどの調味料を振りかけて作られます。

(スブラキ)
Photo_3

 写真のスブラキは羊肉の串焼きです。

 添えられたレモンをかけたり,写真中央上部の「ジャジキ」と呼ばれるタルタルソースのような白いディップをつけていただきます。

 「ジャジキ」は,ヨーグルトにすりおろしたにんにくや細かく刻んだキュウリを混ぜ,塩,オリーブ油,酢などで味を調えたディップで,ギリシャ料理には欠かせない付合せです。

 このほか,フライドポテトや生野菜も添えられていました。

 いただいてみると,スパイスで十分マリネされているので,串焼きだけでも十分美味しかったですが,レモンをかけたり,シャキシャキのキュウリが入ったジャジキにつけていただくことで,一層味わい深いスブラキを楽しむことができました。

 お店のメニューを見ると,羊肉のほかにも豚肉や牛肉のスブラキも用意されていました。

 実はこのスブラキ,通常は2本で1セットなのですが,1人でいろんな料理を注文しまくる私の様子を御覧になったお店の方の配慮で,半分の1本にしていただきました(笑)。


ムサカ

 ムサカはナス,ポテト,ミートソース,ベシャメルソースの重ね焼きで,ギリシャの代表的な料理です。

(ムサカ)
Photo_9

 メニューを見ると,丸いココット皿で作られたムサカの写真があったので,大して量はないだろうと思い注文したのですが,ココット皿が想像より一回り大きくて深く,立派なメイン料理でした。

 ラザニアとよく似ており,ラザニアに入っているパスタ(ラザニア)の層を野菜に替えた料理を想像していただけると近いかと思います。

(ムサカ(中身))
Photo_5

 今回のムサカの中身を御紹介しますと,まず皿の底に輪切りのジャガイモを敷き,その上にミートソースをかけます。

 さらにその上に輪切りの米ナスを敷き,ミートソースをかけ,その上に輪切りのナスを敷き…という具合に具とミートソースを交互に層状に積み上げていくのです。

 そして最後に全体に行き渡るようにベシャメルソースをかけ,チーズをのせてオーブンで焼かれた料理となっていました。

 ミートソースのグラタンなのでボリュームがあるのですが,輪切りのナスも多いので「これなら何とか食べられそう」と食べ進めていました。
 が,最後に厚みのあるジャガイモの輪切りが登場し,そのボリュームに圧倒されました。

 食べ終えるのに少し時間はかかりましたが,きれいに完食しました。


マスティクア


 お店のメニューに「マスティクア(MASTIQUA)」というスパークリングウォーターが用意されていました。

 メニューの説明には,「ギリシャのヒオス島だけにある「マスティハの樹液」の持つ健康美肌効果は現代科学で次々に証明され,世界中の機関が認めるところとなりました。そのマスティハを使った炭酸水がこのマスティクアです。」とありました。

 ギリシャのヒオス島だけにある…ダメです。私はこういう言葉に弱いのです(笑)。

 マスティハの樹液が入った(炭酸)「水」(アクア)なので「マスティクア」と呼ばれているのでしょう。

 食事中のドリンクとしてこのマスティクアを注文しました。

(マスティクア)
Photo_6

 コップにボトルのマスティクアを注ぎ,ミントを浮かべていただきました。

 甘味も酸味もないスパークリングウォーターなのですが,かすかに薬草のような風味を感じました。

 どこかで飲んだようなことがあるとしばらく考え,思い出したのがお酒のジンです。

 ジンは「ねずの実(ジュニパーベリー)」などの香草が添加された独特の香りがする蒸留酒ですが,その香りに似ているように思いました。

 「ノンアルコールのジン風味の炭酸水」と例えられるかと思いますが,さっぱりとしていてギリシャ料理との相性が良かったです。

 ヒオス島のマスティハのありがたみをジーンと味わいながら,数々のギリシャ料理を堪能しました。


 サントリーニ島を思わせる白と青のインテリアが特徴的なギリシャ料理店「スピローズ」。
 人呼んで「蒲田のサントリーニ島」と呼ばれる楽しいお店で,しばしギリシャ気分を味わうことが出来ました。

 また機会があれば訪問したいお店です。


ギリシャ料理とトルコ料理はよく似ている

 今回ギリシャ料理を味わってみて,気付いたことがあります。

 「ギリシャ料理はトルコ料理とよく似ている」ということです。

 いくつか例を挙げてみますと…

(1)「サガナキ」で登場した独特な食感が特徴の「ハルミチーズ」は,トルコの「ヘリムチーズ」と同じ味・食感。

(2)ギリシャの「スブラキ」は,トルコでは串焼き料理「シシュケバブ」となる。

(3)中東を中心によく食べられている「ピタ(パン)」はギリシャ料理店・トルコ料理店いずれの店にも用意されている。

(4)ギリシャ料理の「ケフテデス」(肉団子)とトルコ料理の「キョフテ」(トルコ風ハンバーグ)は語源も含めてよく似ている。

(5)ギリシャもトルコも米を炒めたピラフ(ギリシャでは「ピラフィ」,トルコでは「ピラウ」と呼ばれる)がよく食べられる。

(6)「バクラバ」と呼ばれる,パイ生地に甘いシロップを浸して作られるとても甘いお菓子は,ギリシャ・トルコに共通するお菓子。

(7)粉状にしたコーヒー豆を煮立たせ,上澄みを飲むコーヒーは地域によって「ギリシャコーヒー」,「トルココーヒー」などと呼ばれるが,要はどちらも同じ飲み物。

 などの共通点が見い出せるのです。

 この理由は,地理にお詳しい方はピンときた方もおられるでしょうが,地図で確かめるとすぐに理解出来ます。

(ギリシャ周辺の地図)
Photo_7
(国土地理院の電子地形図(タイル)に国名・地名等を追記して掲載)
※地図をクリックすると拡大します。

 ギリシャとトルコは隣同士で,ハルミチーズやヘリムチーズの原産地とされるキプロスも両国の近くにあります。

 また,歴史的背景から考えても,かつてトルコが東ローマ帝国の支配下にあった時代や,逆にギリシャがオスマン帝国の支配下にあった時代を経験していることなどから,両国間で食文化の深い交流があり,お互い似たような料理が作られるようになったのでしょう


まとめ

 英語の文章で「It's Greek to me」という慣用句があります。

 直訳すると「私にとってはギリシャ語のようだ」となり,それが転じて「(難解なギリシャ語のように)ちんぷんかんぷんだ」という意味で使われます。

 ギリシャは,ギリシャ語をはじめ,理解することが難しいこともあるとは思いますが,だからこそ誰もが舌で明瞭に理解することのできる食の分野からギリシャを理解するというアプローチも実用的なのではないかと思います。

 ギリシャではカジュアルなレストランやパブのことを「タベルナ」と言いますが,食を通じてその国の文化や歴史を理解したいと思う私なら,真っ先に「タベルナ」へ行き,ギリシャ料理を思う存分食べるなぁ(笑)。


<参考文献>
 岡田 哲「世界の味探究事典」東京堂出版
 「大使館の食卓 おうちで簡単レシピ集」産経新聞出版

<店舗情報>
 「SPYRO’S(スピローズ)」(東京都大田区蒲田5-7-6)

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2017年7月29日 (土)

ドイツ・ウィーン菓子の特徴と主な菓子2 -フェアレンゲルター・カイザーシュマーレン・トプフェンクヌーデル-

 ヨーロッパで歴史的にカフェが有名な都市と言えば,パリ,ロンドン,ウィーンです。

 パリのカフェは政治論議の場やフランス革命の発信源として,ロンドンのカフェは海上保険や株式売買など情報交換の場として,そしてウィーンのカフェは文学の拠点として,それぞれ賑わいを見せました。

 現代のウィーンのカフェは,飲み物だけでなく,ケーキや菓子類もたくさん用意されており,ウィーン菓子の伝統と誇りを感じることができます。

 今回は,ウィーンに本店のある東京・青山の「カフェラントマン」でいただいたコーヒーやお菓子を御紹介します。


フェアレンゲルター

 「フェアレンゲルター」は「薄めのコーヒー」といった意味で,アメリカンコーヒーの意味でも使われています。

(フェアレンゲルター)
Photo

 アメリカンコーヒーを「フェアレンゲルター」と表現されていると,全く別の飲み物のように聞こえますね(笑)。


トプフェンクヌーデル

 オーストリアでは,料理でもお菓子でも「クヌーデル(団子)」がよく登場します。

 小麦粉が加えられるので,「メール・シュパイゼ(粉もの料理・菓子)」とも呼ばれます。

 クヌーデルはそのまま料理の付合せにされたり,スープに入れて食べられたり(クヌーデル・ズッペ),デザートとしても食べられており,オーストリアではポピュラーな食べ物です。

 今回御紹介するお菓子「トプフェンクヌーデル」の「トプフェン」はチーズという意味で,要するにチーズ団子のお菓子です。

 クリームチーズに砂糖・バター・玉子・小麦粉などを加えて団子にして茹で,その団子に焼いたパン粉をまぶしたお菓子です。

 時のオーストリア皇帝フェルディナント1世(1835~48)が好んだ菓子でもあります。

(トプフェンクヌーデル)
Photo_3

 チーズを丸め,焼いたパン粉をつけて,粉砂糖をまぶしたクヌーデルです。

 皿にはベリーソースが添えられています。

(トプフェンクヌーデル(中身))
Photo_4

 トプフェンクヌーデルの中の様子です。

 やわらかいカッテージチーズ(牛乳に酢やレモン汁を加えて凝固させて作られるチーズ)がフィリングとなっています。

 チーズ特有のクセが少なく,ベリーソースを添えながら美味しくいただきました。

 チーズや小麦粉で作られた団子ということもあって,とても食べ応えのあるデザートでした。


カイザーシュマーレン

 カイザーシュマーレンは,レーズン入りのパンケーキのお菓子です。

 「カイザーシュマーレン」の「シュマーレン」は「無価値なもの,くだらないもの」という意味です。

 この意味からすると,イギリスの「トライフルケーキ」(「トライフル」は「つまらないもの」という意味)と同じニュアンスのケーキだと言えるでしょう。

 意訳すれば「ありあわせの食材で作られたケーキ」という意味となります。

 シュマーレンは,もともとはアルプス地方の料理だったようです。

 このケーキは,時のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ(1848~1916)が好んだ菓子としても有名です。

 ここでピンときた方もおられるでしょうが,「カイザーシュマーレン」の「カイザー(皇帝)」とは,この場合,皇帝フランツ・ヨーゼフを意味します。

 このカイザーシュマーレンには逸話があります。

 カイザーシュマーレンは当初,フランツ・ヨーゼフの皇紀エリザベートに出されたお菓子なのですが,彼女はこれに手をつけようとすらしなかったのです。

 この様子を見兼ねた夫のフランツ・ヨーゼフは,このお菓子を口にし,残すことなく全部召し上がったそうです。

 こうしたいきさつから,宮廷菓子料理人が当初は「カイゼリン(皇紀)シュマーレン」と命名しようとしたお菓子が「カイザーシュマーレン」と命名されることとなり,後にオーストリアを代表するお菓子となりました。

 こちらが,そのカイザーシュマーレンです。

(カイザーシュマーレン)
Photo_4

 レーズン入りのパンケーキが一口大にちぎられ,表面に粉砂糖がまぶされています。

 写真上側のソースは,スモモとリンゴのフルーツソースです。

 これらのソースをつけていただきました。

 食感や味から例えると,厚めに焼かれたレーズン入りのホットケーキを一口大にちぎったものが近いように思いました。

 シンプルな味のパンケーキなので,フルーツソースにつけていただくと変化が楽しめ,より一層美味しくいただけました。


 今回,私は欲張って,通常はデザート1皿のところを,単品でもう1皿デザートをお願いし,一度に2皿もデザートをいただきました。

 「夢のようだ」と喜んだのもつかの間,いずれもメール・シュパイゼなので,食べ続けるうちに,動くのも面倒になるほどお腹が一杯になりました。

 「食べ応えがあるかどうか」もお菓子の大切な要素の1つとされ,今に伝えられているのでしょう。


<参考文献>
 関田淳子『ハプスブルク家の食卓』新人物往来社

<店舗情報>
 「カフェ ラントマン」(東京都港区北青山3-11-7 AOビル4F)

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2017年7月22日 (土)

オーストリア料理の特徴と主な料理 -カイザーゼンメル,グーラッシュ,キプフェル,ウィンナーシュニッツェル-

オーストリア料理の主な特徴

 オーストリアは,ウィーンを中心にハプスブルク家をはじめとする宮廷文化が栄えた国です。

 そのため,食の世界においても宮廷料理・菓子を中心とした食文化が形成され,「オーストリア料理」として確立しました。

 また,様々な言語・文化を持つ人々で構成される多民族国家であったため,全ての道は帝都ウイーンに通じるという意味から「ウィーン料理」とも称されます。

 オーストリア料理の主な特徴としては,

(1)イタリア,ドイツ,フランス,ハンガリーなどの影響を受けながら,洗練された貴族料理を形成している。
(2)海がなく山に囲まれ,冬の寒さが厳しい気候風土のなかで,食材の持ち味がよく生かされている。
(3)牛肉をはじめとする煮込み料理が多く,野鳥や野菜も多用される。
(4)ウィンナーコーヒー,ウィンナーソーセージ,ウィンナーロール,ウィンナーシュニッツェルなど「ウィンナー(ウィーン風)」と名付けられ,日本でも親しみのある料理が多い。
(5)ザッハ・トルテやアプフェル・シュトゥルーデルなど,「ウィーン菓子」とも称される伝統的な菓子が多い。

 ことが挙げられます。


オーストリア料理の代表的な名称

 オーストリア料理には,次のような名称がよく用いられていますので,覚えておくと便利です。

(料理)
 シュパイゼ…料理,食事
 クラプフェン…揚げパン
 クヌーデル…団子
 グーラッシュ…牛肉,パプリカ,玉ねぎなどの煮込み料理
 シュニッツェル…薄切り肉のカツレツ
 カイザー…皇帝の
 ズッペ…スープ

(菓子)
 クーヘン…ケーキ菓子
 トルテ…円形のケーキ
 シュトゥルーデル…渦巻き
 マンデル…アーモンド
 コッホ…ビスケットやゼンメルパンなどを砕いて加えたお菓子


カイザーゼンメル

 それでは,実際にいくつかオーストリア料理を御紹介したいと思います。

 まずはパンを御紹介します。
 
 カイザーゼンメルは小型の丸いロールパンで,パンの表面に王冠のような独特の模様が描かれているのが特徴です。

(カイザーゼンメルと前菜)
Photo

 写真左上のパンがカイザーゼンメルです。

 カイザーは「皇帝の」,ゼンメルは「(小型の)パン」という意味になります。

 シンプルなロールパンなので,どんな食事にも合うように思いました。

 なお,手前の前菜(フォアシュパイゼ)は,上から時計回りに,ウィーン風ポテトサラダ(じゃがいも,玉ねぎなどの材料で,マヨネーズを使わず酢などで調味されるポテトサラダ),グリーンサラダ,サーモンのマリネ・サワークリーム添え,パテのベリーソース添えです。


グーラッシュ

 ハンガリー発祥の牛肉・玉ねぎ・パプリカなどを煮込んだ料理で,「ハンガリー風牛肉煮込み料理」とも呼ばれるウイーンの代表的な料理です。

 ハンガリーでは「グヤーシュ」と呼ばれています。

(グーラッシュスープ)
Photo_2

 かつてハプスブルク帝国は,ハンガリーの独立運動を抑制しつつハプスブルク家による支配を存続させるため,両国に政府と議会を置きながらも,オーストリア皇帝がハンガリー王を兼ねるという「オーストリア=ハンガリー二重帝国」を成立させました。

 こうした歴史の中で,オーストリアとハンガリーの食文化の交流も図られ,グーラッシュも広まっていったと考えられます。

 この料理で重要なのは何と言ってもパプリカ,そして牛肉です。

 パプリカは,オスマン帝国のトルコ人によってハンガリーに持ち込まれた食材とされ,「パプリカなくしてハンガリー料理は存在しない」と言われるほど,ハンガリー料理には必要不可欠な食材となっています。

 また,「グヤーシュ」はもともと「牛飼い」・「牛の群れ」という意味で,ハンガリー人の祖先が騎馬民族だった頃の煮込み料理だったことから,牛肉も重要な食材となっています。

 今回御紹介しているグーラッシュスープは,パプリカで牛肉をコトコト煮込むことにより,ビーフシチューのような深い味わいのスープとなっており,パンと一緒に美味しくいただけました。


キプフェル

 キプフェルは三日月形のパンです。

(キプフェル)
Photo_5

 三日月形のパンは,ハンガリーに攻め込んできたオスマン帝国の旗印(三日月はイスラム教の象徴)をかたどったもので,ハンガリーを発祥とする説が有力です。

 それがウィーンに伝わり,後にオーストリア(ウィーン)が本場のパンとなりました。

 その後さらにフランスに渡り,クロワッサンとして広く親しまれるようになりました。

 そのため,フランスでは,クロワッサンはブリオッシュとともに「ヴィエノワズリ(ウィーン趣味)」のパンと呼ばれています。

 今回のキプフェルは,「塩パン」のようなシンプルでやわらかいパンで,香り付けのキャラウェイシードにより,さわやかな感じの仕上がりとなっていました。


ウィンナーシュニッツェル

 オーストリア(ウィーン)を代表する料理と言えばウィンナーシュニッツェルでしょう。

 ウィンナーシュニッツェルは,ウィーン風薄切り肉のカツレツという意味となります。

 仔牛などの肉を叩いて薄くのばし,パン粉をつけてバターなどの油で揚げ焼きしたカツレツです。

(ウィンナーシュニッツェル)
Photo_4

 このウィンナーシュニッツェルは,仔牛のカツレツの上に揚げたパセリがのせられ,キャラウェイシードを振ったじゃがいもが添えられています。

 皿に添えられたレモンをかけ,甘いベリーソースをつけながらいただきました。

 カツレツにレモン汁はまだしも,甘いベリーソースをつけるのはいかがなものかと思いながらいただきましたが,ベリーソースをつけることでカツレツの持つ揚げ物のしつこさが消え,甘酸っぱい味がアクセントとなって不思議とよく合い,食が進みました。

 お店の方からも,「オーストリア人は様々な料理にこの甘いベリーソースをつけて食べるのが好き」だと伺いましたが,実際いただいてみて理解できるようになりました。

 なお,このウィーン風カツレツは,イタリア・ミラノの料理「ミラノ風カツレツ」(仔牛肉を薄くのばし,チーズ入りのパン粉をつけて揚げ焼きしたカツレツ)がルーツとされています。

 ヨハン・シュトラウス1世作曲の有名な「ラデツキー行進曲」は,北イタリアの独立運動制圧のためにミラノへ遠征したオーストリア軍のラデツキー将軍の功績をたたえて作られた曲ですが,このラデツキー将軍がミラノから「ミラノ風カツレツ」をウィーンに持ち帰り,カツレツが広まったと言われています。

 さらに,こうしたウィーン風カツレツやミラノ風カツレツをもとに,日本では明治以降「カツレツ」が作られるようになり,昭和のはじめになると「とんかつ」が誕生することとなります。

 「ラデツキー行進曲」とカツレツの関係。ちょっとした話のネタにすれば,「ラデツキー行進曲」の演奏会のように,周りから自然と拍手が沸き起こるかも知れません(笑)。


オーストリアの歴史を物語る数々の料理

 いくつか料理を御紹介してきましたが,こうした料理はオーストリアの歴史そのものを物語っているとも言えます。

 オーストリアは中央ヨーロッパに位置しており,かつては,神聖ローマ帝国の誕生やハプスブルク家の活躍もあって,「陽の沈まない帝国」の中心地としてヨーロッパに強い影響力を持っていた国です。

 その結果として,独自の宮廷文化が栄えることとなりましたが,一方で言語や文化の異なる多民族国家をまとめる必要が生じ,近隣諸国との衝突も数多く経験することとなりました。

 こうした歴史的背景のもとに,現在に継承されるオーストリアの食文化が形成されることとなったわけです。

 今回御紹介した料理も,「カイザー」(皇帝の)と名の付く宮廷ゆかりの「カイザーゼンメル」,オスマン帝国(トルコ)やハンガリーの影響を受けた「キプフェル(三日月パン)」や「グーラッシュ」,ミラノなど北イタリアをオーストリアに奪還した際にラデツキー将軍が持ち帰ったとされる「ウィンナーシュニッツェル」という具合に,それぞれの料理がオーストリアの歴史を物語っているのです。

 このようなお話を踏まえた上で,オーストリア料理の特徴をまとめるなら,「ハプスブルク家を中心とした宮廷文化に育まれ,近隣諸国の異なる食文化をうまく融合させながら発展してきた料理」だと定義できるでしょう。


<参考文献>
 岡田 哲「世界の味探究事典」東京堂出版
 関田淳子「ハプスブルク家の食卓」新人物文庫
 菊池良生「図解雑学 ハプスブルク家」ナツメ社
 21世紀研究会編「食の世界地図」文春新書

<参考サイト>
 「オーストリア政府観光局公式サイト

<店舗情報>
 「カフェ ラントマン」(東京都港区北青山3-11-7 AOビル4F)

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2017年3月28日 (火)

フランス料理の特徴と主な料理8 -パンデピス-

 パンデピスは中国からアラブ世界を経由して,ヨーロッパに伝わったとされるパンの一種です。

 フランスでは,ブルゴーニュ地域,シャンパーニュ地域,そしてフランドル地域のものが有名です。

 フランス語でパンデピスは「Pain d'épices」と表記され,これを直訳すると「香辛料入りのパン」となります。また,ジンジャーブレッドと訳されることもあります。

 中世のフランスをはじめとするヨーロッパでは,香辛料や砂糖,果物などは,東洋の異国情緒漂う憧れの食材でした。

 ヨーロッパの人々にこうした食材が知られるようになったのは,十字軍(聖地エルサレムをイスラーム教徒から奪還するために結成されたキリスト教の騎士による遠征軍)によるアラブ世界との交流によるところが大きかったと言えます。

 十字軍によってもたらされた貴重な香辛料(シナモン,ナツメグ,クローブ,アニスなど)と,砂糖など甘味料が希少だった時代に蜂蜜をたっぷり使って作られたのがパンデピスで,当時としてはとても贅沢なパンでした。

 このパンデピスを味わってみることができないものかと,地元広島のパン屋さんを探してみると,何軒かで販売されていることがわかりました。

 今回,そのうちの1軒でパンデピスを購入してみました。

(パンデピス)
Photo

 広島のハード系のパンで有名な「ドリアン」のパンデピスです。

 小麦とライ麦で作られたパンです。
 卵,牛乳,バター,ベーキングパウダーは使用しておらず,甘味は蜂蜜と黒糖のみ,ブルターニュ地域(ロワール地方)・ナントのパンデピスを再現しているとのことです。

 パウンドケーキ型に焼かれたコンパクトなパンですが,ホールで2,200円,ハーフで1,100円と結構いい値段がします。

 しかしながら,この価格設定はこの店に限った話ではなく,ほかの店でもだいたい同じ価格帯となっています。

 大きさの割に高価になる理由は,香辛料と,たっぷり贅沢に使われている蜂蜜にあるのでしょう。

 実際にいただいてみました。

 材料にライ麦が使われていることもあり,ロシアの黒パン(ライ麦パン)と同様,しっとりと固く詰まったパン生地に仕上げられています。

 そして,蜂蜜と黒糖による甘味を強く感じました。

 私は,普通にパンを食べる感覚で,約1cmの厚みに切っていただいたのですが,甘味が強いので,これでは少し厚みがあり過ぎるようにも感じました。

 香辛料は明記されていませんでしたが,シナモンなどのスパイスが,強く主張し過ぎない程度に入れられているように思いました。

 食事と一緒に食べるパンではなく,菓子パンかケーキに近いパンと言えるでしょう。


<参考文献>
池上俊一『お菓子でたどるフランス史』岩波ジュニア新書
日仏料理協会『仏和・和仏料理フランス語辞典』白水社

2017年2月 4日 (土)

イタリア料理の特徴と主な料理4 -ポレンタ・ザレッティ・ボネ,スローフードと食科学-

ポレンタ

 ポレンタ(Polenta)は,北イタリアの小麦の栽培に適していない地域で主食とされてきた,とうもろこしの粉で煮たお粥のことです。

(ポレンタ)
Photo

 写真のポレンタは,季節野菜と貝柱のポレンタです。
 どろっとしたボディのある食感を楽しむことができました。


ザレッティ

 ザレッティ(Zaleti)は,ヴィネト州ヴェネチアに伝わる伝統的なビスケットで,小麦粉ではなく,前述のポレンタが使われているのが特徴です。

 つまり,とうもろこし粉の生地を使って作られたビスケットなのです。

(ザレッティ)
Photo_2

 干しブドウ入りのビスコッティとも表現されます。

 とうもろこし粉が使われているので,黄色味を帯びています。

 実際にいただいてみると,一般的なビスコッティのようにカリカリではなく,むしろホロッと崩れる感じです。

 粗挽きのとうもろこし粉の特徴がよく出ており,ボソボソとした,でも噛みしめるほどに深い味わいのあるビスケットに仕上がっていました。


ボネ

 ボネ(bonet)は,ピエモンテ州に伝わる郷土菓子で,チョコレート風味のプリンです。

(ボネ)
Photo_3

 チョコレートプディングの材料に,アマレッティ(※)と呼ばれる焼菓子を砕いて入れ,オーブンで湯せんにしながら焼いたお菓子です。

 ※アマレッティ…メレンゲにアーモンドパウダーと砂糖を加えたビスケット

 
今回のボネは砕いたナッツも混ぜ込まれており,リキュールもきいていました。

 ねっとりとやわらかいチョコレート風味のプディングに砕いたナッツがアクセントとなり,その食感も楽しむことができました。

 クラッシュナッツ入りのチョコレートババロアのような感じがしました。


スローフード運動から食を科学する時代へ

 ピエモンテ州は,世界の食文化の研究者が注目している地域です。

 特にピエモンテ州にあるブラ市は,スローフード運動発祥の地として有名な都市です。

 また,同市には「食科学(Gastronomic Sciences)」を専門とする世界で初めての大学「食科学大学(University of Gastronomic Sciences)」があります。

 日本においても,立命館大学が,フードマネジメント,フードカルチャー,フードテクノロジーという領域から総合的に食科学を学ぶことが出来る「食科学部」を2018年に設置することが構想されています。

 スローフード運動を1つのきっかけに,食を科学的にとらえ,総合的にマネジメントできる人材が求められる時代になっていると言えるのではないでしょうか。


<関連リンク>
食科学大学(英語)
 http://www.unisg.it/en/

立命館大学食科学部(2018年設置構想中)
 http://www.ritsumei.ac.jp/gas/pre/

2016年12月24日 (土)

ドイツ・ウィーン菓子の特徴と主な菓子1 -シュトロイゼルクーヘン・レープクーヘン・バウムクーヘン-

神聖ローマ帝国とハプスブルク家

 かつてドイツやオーストリアを中心とするヨーロッパの広範囲を,約千年もの間統一していた神聖ローマ帝国。

 その神聖ローマ帝国の皇帝位をほぼ独占していたのがハプスブルク家です。

 今回御紹介するマクシミリアン1世はハプスブルク家出身の神聖ローマ帝国皇帝(1508年~1519年)として活躍した人物です。


マクシミリアン1世とインスブルック

(マクシミリアン1世)
Photo
(菊池良生『図解雑学 ハプスブルク家』)から引用)

 ヨーロッパ支配を目論んだマクシミリアン1世は,治世のほとんどを戦場で過ごしたため,「中世最後の騎士」と呼ばれています。

 そんな彼がミラノを手中に収めようとし,そのための拠点としたのが,現在のオーストリア共和国チロル州の州都インスブルックという街です。

 マクシミリアン1世は,近代郵便制度を確立したことでも知られますが,それはこのヨーロッパの要衝インスブルックでの情報インフラを構築することが目的でした。

 まさに,マクシミリアン1世によって発展したインスブルックですが,その象徴とも言える建物が「黄金の小屋根」です。

(「黄金の小屋根」)
Photo_2
(菊池良生『図解雑学 ハプスブルク家』)から引用。一部加工)

 写真右側が「黄金の小屋根」です。

 様々なイベントを見学するための王室用桟敷席として建設されたもので,出窓の上に2,657枚の金メッキの銅板で屋根が作られています。

 この「黄金の小屋根」は現在,インスブルック第一の観光スポットとなっています。


シュトロイゼルクーヘン

 広島市内のパン・洋菓子店で,「インスブルック」という名のチョコパウンドケーキが売られていました。

(「インスブルック」)
Photo_3

 その名前に興味を持ち,お店の方にお話を伺ってみると,

 「オーストリア(ウィーン)菓子では,小麦粉,バター,砂糖などをそぼろ状に混ぜ合わせた生地「シュトロイゼル」が使われることが多いのが特徴なのですが,そのシュトロイゼルを使っていることから,この名前にしました。」

 とのお話でした。

 このそぼろ状のシュトロイゼルがのせられたケーキは「シュトロイゼルクーヘン」と呼ばれるのですが,今回購入した「インスブルック」も,チョコレート生地のシュトロイゼルクーヘンと言うことができるでしょう。


シュトロイゼルとクランブル,メロンパンとの関係


 ちなみに,イギリスやアメリカには,リンゴやベリーと組み合わせた「クランブル」というお菓子がありますが,このサクサクした食感が特徴のクランブルもシュトロイゼルと同じ意味で,そぼろ状のお菓子です。

(クランブル入りアップルパイ)
Photo

 また,日本で人気のメロンパンは,パン生地にビスケット生地を薄く覆って焼き上げたものですが,この発想は,シュトロイゼルクーヘンに由来しているという説もあります。

 第一次世界大戦で日本に捕虜として連れてこられたドイツ人が,戦後,日本各地にドイツパンやドイツ菓子を広めたのですが,その1つがシュトロイゼルクーヘンで,それが後のメロンパンにつながっていったとする説です。


カール・ユーハイムとバウムクーヘン

 余談ですが,バウムクーヘンで有名な「ユーハイム」の創業者,カール・ユーハイムも,日本軍の捕虜として現在の広島市南区似島の捕虜収容所に連行されたドイツ人で,彼の焼き上げたバウムクーヘンを広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)でお披露目したことにより,日本にバウムクーヘンが知られるようになりました。

(広島港から似島を望む)
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 写真の左側中心部に写っている島が似島です。船は松山や江田島から広島港に入港しているフェリーです。

 この島こそ,日本で初めてバウムクーヘンが焼かれた島なのです。

 こうした歴史を知ると,広島市に住む私としては,メロンパンのシュトロイゼルクーヘン起源説に一票投じたい気持ちになります。


黄色いシュトロイゼルと「インスブルック」


 では,なぜ今回のチョコケーキに「インスブルック」と名付けられたのでしょうか。

 その理由は,シュトロイゼルが使われていることはもちろんですが,そのシュトロイゼルがインスブルックにある「黄金の小屋根」に見えるからではないかと思います。

(「インスブルック」の中の様子)
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 チョコケーキの上にシュトロイゼルをのせたお菓子ですが,チョコレートの茶色い生地にシュトロイゼルの黄(金)色が映えています。

 「インスブルック」という名のチョコケーキ。

 改めてまとめてみると,奥深い意味がありました。


マクシミリアン1世が好んだ菓子「レープクーヘン」

 冒頭で登場したマクシミリアン1世が好んだ菓子は,「レープクーヘン」と呼ばれる香辛料(シナモン,クローブ,ナツメグ,コショウなど)や蜂蜜入りのシンプルなクッキーだったようです。

(レープクーヘン)
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(関田淳子『ハプスブルク家の食卓』)から引用)

 現代でも,マクシミリアン1世と縁のあるドイツ・ニュルンベルクの名菓として,またクリスマス菓子として,ドイツ・オーストリアを中心に人気のある菓子です。

(レープクーヘン(天使))
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 こちらは神戸のパン屋「ドンク」でクリスマスシーズンに売られているレープクーヘンです。

 天使の形をしており,アーモンド,カシューナッツ,ピスタチオ,乾燥クランベリーがのせられています。
 やわらかくて厚みのあるクッキーのような食感で,シナモンやジンジャーなどの香りもきかせてあります。

 ヨーロッパでクリスマスの時期を中心に食べられる「ジンジャーマン(ジンジャーブレッド)」ともよく似ています。

 ドンクでは,この天使のほか,クリスマスツリーや星の形をしたレープクーヘンも売られており,お店の方のお話では,毎年恒例のお菓子となっているようです。


「チロル」と聞いて思い出すお菓子は・・・

 以上,マクシミリアン1世にまつわるお話を中心に,様々な地名や菓子名が登場しましたが,私が最も親しみを感じるのは「チロル」という地名です。

 そうです。「チロルチョコ」を思い浮かべるのです。

(チロルチョコ)
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 ただ,このチロルチョコも,チロルチョコ株式会社のウェブページによると,実はオーストリアのチロル地方のような,素朴な人々や大自然のさわやかなお菓子でありたいとの願いを込めたネーミングのようです。

 チロルチョコ株式会社「チロルのひみつ Vol.5 チロル地方とチロルチョコのお話


 こうした身近なお菓子からも,オーストリアやドイツの歴史や文化,自然を感じることができれば楽しいですね。

<参考文献>
 菊池良生『図解雑学 ハプスブルク家』ナツメ社
 関田淳子『ハプスブルク家の食卓』新人物往来社
 東嶋和子『メロンパンの真実』講談社
 広島市『南区七大伝説 菓子伝説(バウムクーヘン上陸秘話)』南区魅力発見委員会

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