あずきの研究9 -小豆ともちの深い関係-
○あずきの疑問
「なぜ多くの日本人は小豆ともち米で作られた食べ物を好むのか。」
(ミャオ族に学ぶもち米の文化)
NHKスペシャル「人間は何を食べてきたか 第7巻」に「第1集 モチ米 大地にささげる神の食」として,中国・貴州省のミャオ(苗)族の食文化について取材した映像があります。
ミャオ族の儀式ともち米は密接にむすびついており,もち米を祈りと結びついた神聖な食べ物としている姿があります。十万回に一度とされる稲の突然変異によって偶然できたもち米を受け継ぎ,収穫を祝って神に捧げ,共に食べる「神人共食」という儀式や,正月(ミャオ族では「苗(ミャオ)年」と言う)に備えて各家庭が一斉に横杵と舟形の臼で餅つきをして丸餅(鏡餅)を作ったり,お祭りにもち米を炊いて赤く色付けしたおこわ(赤飯)を作ったり,娘の結婚をもち米で祝ったりする様子は,日本の食文化とよく似ています。
NHK for School 「中国 ミャオ族のもちつき」(動画)
日常はうるち米を主食としていますが,祝いや祈り事など重要な行事の際には,もち米やもち米で作られた酒が用いられており,もち米はとても重要な役割を担っています。
(ミャオ族の赤飯)
私が印象に残ったのは,
○うるち米は化学肥料で作る一方,もち米は昔ながらの「農家肥」と呼ばれる草木を発酵して作られた堆肥が使われていること。
○もち米は,うるち米に比べて収穫量が約3割も低いが,祈りや儀礼に必要なので,手間暇かかるもち米が作り続けられていること。
○もち米を保有することは,豊かさの証しであり,娘の結納品にもされていること。
○家畜の豚を屠り,正月に主がもち米と一緒におこわを作るが,その豚肉の入ったおこわを,(もち)米を収穫してくれた牛に感謝の意を込めて食べさせていること。
○「鬼師」と呼ばれる呪術者(シャーマン)は,儀礼や祈祷の際,必ずもち米ともち米の酒を神に捧げること。
などでした。
(東アジア・東南アジアでのもち米について)
中国ではもち米のことを「江米(チャンミイ):長江流域で採れる米の意」と呼ばれており,もち米の中に肉や野菜を入れて,葉っぱでくるんでつくる「粽(ちまき)」が今でも手軽な食事としてよく食べられます。「紅豆粥(ホンドウジョウ)」と呼ばれる小豆粥もあります。
台湾では,中国と同様に粽や,「飯団」という魚や肉で作ったでんぶなどを具にしたもち米のおにぎりも食べられます。
韓国では,祝い事にもち米に小豆を入れたおこわや,「薬飯」(ヤッパ,別名「薬食(ヤクシク)」)と呼ばれる,もち米にナツメ,栗,松の実などを入れて味付けしたおこわ,「パッチュク」と呼ばれる小豆粥,「インジョルミ」と呼ばれる,きなこや小豆餡をまぶしたり巻いたりしたもち菓子,「キョンダン」と呼ばれるもち団子,「シリット」と呼ばれる小豆ともち米と砂糖を用いた素朴な伝統菓子などがあります。
東南アジアでは,竹筒にもち米とココナッツミルク(又は水)を入れて栓をし,たき火にかざして焼く「竹筒飯」や,もち米にヤシ砂糖やココナッツミルクを入れた菓子(タイの「カオニャオトアダム」など)が食べられています。
もち米のような粘りを好む民族は,東アジアや東南アジア地域に限られており,世界で見れば少数派ですが,この地域ではいずれも,もち米は常食または特別な行事食として食べられる重要な食べ物として認識されています。
(日本でのもち米について)
このように,日本を含む東アジアや東南アジア地域の人々にとって,もち米は身近で重要な存在となっていることを踏まえた上で,改めて日本のもち米について考察してみることとします。
日本も他の東アジア・東南アジア諸国と同様,もち米を好んで食べますが,その理由については,
1 他の東アジア・東南アジア諸国と同様,日本でも,もち米は重要な作物として,おこわ(赤飯)や白酒など,行事食としてつかわれている。
2 餅についても,精霊が宿る米の聖なる力が凝縮されている食べ物とされ,正月には神を象徴する鏡の形にした鏡餅に祈りを捧げる風習があること。
3 「あずきの研究6 -小豆とささげの違い-」で述べたように,日本人のテクスチャ(食感)の好みは「粘り嗜好」であり,もち米のみならず,日常のうるち米においても,「こしひかり」などもちもちした食感の米が好まれていること。
4 少量でも腹持ちがよく(※1),パワーの源としての効果もあること。
5 もち米のデンプンから生じる甘味(※2)を生かしてみりんが作られ,日本料理の基本的な調味料として料理に幅広く用いられていること。
6 餅で作られた菓子も数多く作られ,日常に食べる菓子の原料しても,もち米が多用されたこと。
などが挙げられます。
※1 乳(製品)や肉(脂肪)に代わる高い熱量が得られる食べ物として食べられたものと思われる。なお,タンパク質については,大豆からの摂取が中心で,中国から禅の文化とともにもたらされた「精進料理」により,大豆を使った様々な料理が食べられるようになった。
※2 うるち米がアミロースとアミロペクチンという2つのデンプンが含まれるのに対し,もち米はアミロペクチンのみが含まれている。このアミロペクチンは糖分に分解されやすく,もちの「のび」の正体でもある。
(ぜんざい)
(まとめ)
小豆の赤色がもつ意味については「あずきの研究8 -お祝い事に赤色が好まれる理由-」で触れましたが,日本を含む東アジアや東南アジア地域では,もち米や赤色(小豆)に対して特別な思いやありがたみを抱いていることが理解できます。
(紅白餅)
また,乳(製品)や肉(脂肪)を食べない食生活を送るという,世界でもまれな食文化を続けてきた日本人は,「粘り」というテクスチャ(食感)を求め,同時に美味しさの中心となる甘味や高い熱量が得られる小豆やもち米(餅)を好んで食べるようになりました。
さらには,伊勢の名物餅(伊勢神宮)や出雲ぜんざい(出雲大社)にみられるように,小豆ともち米(餅)を主な原材料とした食べ物には,神道の稲作信仰との結びつきも深く関係しているように思います。
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