あずきの研究11 -今川焼きと小豆あんの呼び方-
「今川焼き」は,小麦粉,玉子,砂糖などで作った生地にたっぷりの餡を入れて焼いた和菓子です。江戸時代,神田の今川橋付近で売られていたことから,今川焼きと名付けられました。
とは言え,全国的に見ると,今川焼きという名前で全国統一されてはおらず,「大判焼き」や「回転焼き」など,地域によって実に様々な呼び名があるようです。
以前,「御座候」(ござそうろう)本社(兵庫県姫路市)にある「あずきミュージアム」を訪問し,展示資料や映像,職員の方からの親切・丁寧な説明を通じて,小豆に関する様々なことを学ばせていただく機会がありました。この「あずきの研究」シリーズは,この時「あずきミュージアム」で学んだり,ヒントを得たことがきっかけの1つになっています。
その際,知ったことの1つが,九州には御座候の店舗がないことでした。私の地元,広島では,今川焼きのことを「二重焼き」などと言いますが,「御座候」と言ってもわかるぐらい,御座候の今川焼きは定着し,人気があります。
地元関西を中心に,北海道や関東,中部,中四国と幅広く展開されているのに,なぜ九州には店舗がないのか疑問に思い,事情を伺ったところ,九州には地元で慣れ親しまれている今川焼きがあり,他の地域からの事業展開が難しい地域であるといった趣旨のお話を伺いました。
そこで,今回,九州で食べられている今川焼きを購入し,地元,広島で慣れ親しんでいる御座候とどういう違いがあるのか,比較してみることとしました。
正直な話,九州でどの今川焼きがよく食べられているのか知らないのですが,デパ地下の食品売場などで売られているのではないかと,福岡・天神にて,デパートや地下街を探したところ,岩田屋で「蜂楽饅頭」という名で今川焼きが実演販売されており,お客さんの行列ができていました。広島の御座候の店舗とそっくりな光景なので,九州で慣れ親しまれている今川焼きの1つに違いないと思い,購入しました。
(小豆あんの呼び方について)
小豆あんのことを,御座候では「赤あん」,蜂楽饅頭では「黒あん」と表現されています。(白あんは共通。)
御座候は,小豆の「赤色」に込められた意味(お祝い,喜び,祈り,無垢,愛情,生命力など)を重視した結果だと思います。(「あずきの研究8 -お祝い事に赤色が好まれる理由-」に詳述。)
一方の蜂楽饅頭は,九州で黒と言えば,福岡藩の黒田孝高(官兵衛)・黒田長政や熊本城の黒壁,鹿児島の黒豚や黒酢,黒焼酎,沖縄も含めた黒砂糖など「黒」に縁のあることも理由の1つかも知れませんが,一番の理由は,やはりあんこ自体が黒っぽいことにあるのではないかと思います。(もっとも,黒田孝高(官兵衛)の出身は,御座候のある姫路ですが…。)
(実演販売について)
御座候,蜂楽饅頭いずれも,実演販売をされているようですが,御座候では,男性が作り,女性(又は男性)が売るのが基本となっているのに対し,蜂楽饅頭(天神岩田屋店)では女性が中心となって対応されていました。
(実演販売の様子(御座候))
左側で赤あん,右側で白あんが作られ,右奥の販売コーナーで売られています。
(風味について)
御座候の生地や赤あんは,いずれも上品な甘さに仕上げられており,小豆本来の風味を味わってもらうことを重視されていると思います。
(御座候)
蜂楽饅頭は,会社が戦前から養蜂業を営んでおられることもあり,甘味に国産純粋蜂蜜が使われています。生地はそれだけ食べても美味しいカステラのような味に,黒あんは小豆に深みとコクを持たせる甘さに,それぞれ仕上げられています。
(蜂楽饅頭)
さて,先程,「赤あん」・「黒あん」と,呼び方に違いがあるというお話をしましたが,この違いは,小豆に対する砂糖や蜂蜜の含有量も関係しています。
小豆であんこを作る際,糖度が増すほど,黒っぽくなり,あんこ特有の粘りが出るのです。このお話については,「所さんの目がテン」の「あんこの科学」で,あんこの粘りを出すためには砂糖がどうしても必要なことや,同シリーズ「カロリーオフ(秘)あんこ」で,合成甘味料を使ったカロリーオフの「シュガーレスあんこ」作りに挑戦して,保水力のないパサパサのあんこに仕上がった事例などが参考になります。
この内容を踏まえると,蜂蜜などで甘みを重視されている蜂楽饅頭の小豆あんが黒あんと呼ばれていることは,ごく自然な話だと理解出来ます。
(まとめ)
小豆あんを「赤あん」と呼ぶか,「黒あん」と呼ぶかについては,それを作り,販売されている店の小豆あんに対する思い入れが呼び方に反映されていると言えるのではないでしょうか。
また,カスタードクリームやチョコレートなど,多くの種類を売られている店などでは,小豆あんだと理解しやすい「あずき」とか「つぶあん」といった呼び方が一般的だと思います。
同じ言葉でも方言があるように,同じ食べ物でもその地方の嗜好に応じた味があります。特に,この今川焼きの場合は,とても身近な和菓子となっているだけに,共通した概念はあるものの,様々な呼び名で,その地方の嗜好に合わせて親しまれているのだと思います。
私自身,実は今川焼きという表現には馴染みがなく,普段は「二重焼き」とか「御座候」と呼んでおり,この記事で今川焼きと表現することに,多少の違和感がありました。しかしながら「二重焼き」は,どうやら広島のローカルな呼び方のようです。
全国から人が集まって,今川焼きに対するそれぞれの思いを話し合う場があれば,きっと盛り上がることでしょう。
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