しょうゆの研究4 -鯛と醤酢(ひしおす)・ひしお飯-
奈良の「古代ひしお」で料理を作り,古代の食事を味わってみることにしました。
「古代ひしお」に添付されている文書には,「鶏肉のステーキひしお添え」,「ひしお飯」,「カッテージチーズとアボカドのひしお生ハム巻き」,「鯛と醤酢(ひしおす),「オイキムチ」,「豆腐の醤漬」,「わらびのひしお和え」が紹介されていました。
現在の食材で美味しく食べるための料理を味わうのではなく,古代に食べられていたかも知れない料理を味わうことが主な目的なので,万葉集に詠まれている「鯛と醤酢」と,米とひしおで作るシンプルな「ひしお飯」を作ってみることとしました。
鯛と醤酢
古代ひしおに添付されていた説明文に万葉集の歌が掲載されています。長意吉麻呂(ながのおきまろ)という人物の歌です。
(「古代ひしお」説明)
※画像をクリックすると拡大します。
「醤酢尓 蒜都伎合而 鯛願 吾尓勿所見 水ク乃煮物」
(ひしほすに ひるつきかてて たいねかふ われになみせそ なぎのあつもの)
日本独自のひらがなやカタカナが生まれる前の,外国語(中国の漢字)を用いた万葉仮名なので,読むのが難しいですね。
大まかな訳は,「醤(ひしお)と酢に,蒜(にんにくなどねぎ類)を搗いたタレで鯛を食べたい。水葱(「なぎ」,ミズアオイのこと)の羹(「あつもの」,熱い汁物のこと)など見たくもない。」と言ったところでしょうか。
グルメで少しわがままな作者ですね。でも鯛と醤酢の料理が,思い焦がれるほど美味しい食べ物だったことは間違いなさそうです。
ということで,私の作った「鯛と醤酢」です。
(鯛と醤酢)
醤酢の材料は,古代ひしお,米酢,にんにく,青ねぎです。にんにくは,みじん切りとすりおろし両方を入れました。この醤酢を青じその上に乗せ,鯛の刺身に添えました。
現在は,万葉集の時代とは逆に,ひしおの入手が難しく,鯛(の刺身)は容易に入手することが出来ます。スーパーのおつとめ品で買った刺身には見えない出来栄えです(笑)。
ひしおに酢やにんにくなどを混ぜることで,よりまろやかで食べやすい味になりました。にんにくの効いた酢味噌のようです。この醤酢が淡泊な鯛の白身の味を引き立て,後の時代に登場する醤油の役割を果たしており,確かに美味でした。
一方,まずいと酷評された水葱(ミズアオイ)にも興味があり,できれば味わってみたいと,広島市植物公園を訪問した際,事務室で問い合わせてみました。ガイドボランティアの方が4~5人集まって,資料室から植物図鑑まで持ってきていただきました。そこで教えていただいたことは,「野草なので広島市植物公園では展示していないが,近くでは岡山県倉敷市『重井薬用植物園』に行けば見られるであろう」ということでした。
「重井薬用植物園」のウェブページを拝読したところ,環境省レッドリストの準絶滅危惧,岡山県レッドデータブックの絶滅危惧Ⅰ類と朱書きで書かれており,それを食べたいと言おうものなら怒られそうです。ミズアオイについて詳細に記載されており,有用なデータなので,リンクを掲載させていただきます。
リンク:重井薬用植物園 園内花アルバム ミズアオイ(ミズアオイ科)
ひしお飯
ひしおは,塩や酢などと一緒に卓上調味料として用いられたようですので,古代の食事で,米にひしおを入れて炊いて食べられていたかどうかは定かではありませんが,当時の食材としてひしお,米,酒,塩,生姜はあったと思われるので,その組み合わせの料理ということで,作ってみました。
といだ米の中に,古代ひしお(1合あたり大さじ1の割合。適量の酒に溶かす),塩,刻んだ生姜を加え,適量の水を入れて炊きました。
(ひしお飯)
ひしお自体が市販の味噌ほどは塩辛くないので,このひしお飯も見た目ほど塩辛くありません。醤油の炊き込みご飯と同じ感覚です。現代の日本の醤油ほどは豊かな旨味を持っていないため,醤油の炊き込みご飯と比べると,単調な味にはなりますが,ひしお本来の味を味わうには最適な食べ物だと思います。
山菜や鶏肉などの具材を入れれば,一層深みのある炊き込みご飯となるでしょう。
古代ひしおと現在の日本の醤油を比べると,旨味が強いのはやはり醤油です。しかし,古代の食を再現しようとした場合は,やはりこの古代ひしおの方が近い味となることは間違いありません。
古代の食文化や生活に思いを馳せ,醤油の原点を見つめ直す。
今回の『なら食』研究会,奈良県醤油工業協同組合,奈良県工業技術センターによる「古代ひしお」の再現は,そのきっかけを提供し,食文化史の研究にも多大な貢献をされていると思いました。
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コメント
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ぜひ、作ってみたいです!醤酢のレシピ教えてください。
投稿: | 2020年1月19日 (日) 22時33分
コメントいただき,ありがとうございます。
醤酢は,市販の古代ひしおに米酢と細かく刻んだにんにく・青ねぎを加えて混ぜたものです。
そして古代ひしおは,黒大豆,大麦,食塩,こうりゃんで作られた醤油のもととなる発酵調味料です。
その料理を自分のものにするため,私はいつも分量を計らず作っているのですが,少しづつ足していけば失敗することは少ないと思いますので,ぜひチャレンジなさってみてください。
投稿: コウジ菌 | 2020年1月19日 (日) 22時59分