包丁式 -日本料理と包丁の関係-
「まな」の意味
日本料理の世界では,料理人のことを「包丁人」や「板前」(板は「まな板」の意味)と呼び,調理場のことを「板場」と呼びます。
この場合の板とは,まな板のことですが,まな板の「まな」は,もともと漢字で「真菜」と書き,本当のおかず,すなわち魚を指す言葉でした。同様に箸にもまな箸(真菜箸,真魚箸)と呼ばれる魚を扱うための箸があります。
日本料理の特徴を示す呼び名や表現
また,日本料理の調理法の特徴を「割主烹従」(割烹,魚を中心とした食材の切り方を重視し,煮方を従とする意味)と表現したり,料理人の修行を「包丁10年塩味10年」と表現したり,料理人の腕前を「椀刺(わんさし)」(「椀」=吸物と「刺」=刺身)という観点から判断することがありますが,こうした日本料理の呼び名や表現は,日本料理と包丁の深いかかわりを示しているとも言えます。
古来の日本料理は,魚を中心とした新鮮な食材を切り,盛り付ける技術が最も重要視されていました。これを儀式化した行事が包丁式となります。
包丁式
宮島の大聖院(真言宗御室派)で行われた包丁式の様子を紹介します。
「三長流」と呼ばれる包丁式が行われました。
食材は五穀豊穣を願って,鯉が選ばれました。題目は「五種の鯉」です。
雅楽が流れる荘厳な雰囲気の中,まな板開き,第一介添え,第二介添えと進んでいきます。
(介添えの様子)
準備が整ったところで,いよいよ包丁師の登場です。
緊張感漂う中,直垂に烏帽子姿で,刃渡り約30cmの包丁と約40cmの箸(まな箸)を使い,見事な包丁使いで鯉をさばいておられました。
(包丁師が鯉をさばく様子[開始])
包丁師が口にくわえている紙も,後程まな板の上で包丁と箸を使って切り,幣となります。
(包丁師が鯉をさばく様子[調理])
包丁師の包丁さばきはもちろん,いっさい手を触れずに,大きな鯉を骨ごと切ることが出来る包丁の切れ味にも感動しました。
(包丁師が鯉をさばく様子[仕上げ])
「五種の鯉」が包丁塚にお供えされ,包丁式は終了しました。
(「五種の鯉」)
頭,3つの米俵に見立てた切身,尾で5種だと思います。
3つの切身(胴体)部分は立てて置けるよう,皮1枚分だけ残して切られています。
後になって,鯉の内臓の部分が白く写っていることに気付きました。これは五穀豊穣の意味を込めて米飯などの穀物を詰めてあるのではないかと思います。もっとも,鯉を切った際に,そのままの鯉だと,中の内臓や血が出てくるとか,お供えの時きれいに配置できないなど,現実的な理由もあるように思います。
今回の包丁式を通じて,日本料理の伝統と誇りが今に受け継がれている様子を伺うことができました。
(メモ)
磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)
「日本書記」に,「景行天皇の東国巡幸の際,安房国で白蛤(うむぎ)と堅魚(かつお)を調理した膾(なます)を献上し,その功で膳大伴部(かしわでのおおともべ)の職を賜った」とあり,その後,日本の料理・包丁道の始祖神として崇められるようになった。
鯉
天武天皇の「肉食禁止令」以降,日本人は魚を尊ぶ食生活を送るようになる。また,都が奈良や京都といった海から離れた場所にあったことも影響してか,海の魚より淡水魚の方が尊ばれた。そうした魚の中でもっとも尊ばれたのが鯉である。そのため,古式の包丁式では鯉がよく用いられている。
広島カープ,鯉城(広島城の別称)など,鯉は広島とゆかりのある魚でもある。
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