夏越の祓と京都の和菓子 水無月 -神道と道教,道教の特徴と日本の行事・文化-
夏越の祓
1年の折り返しにあたる6月30日。
神道では「大祓(おおはらえ)」の日とされ,罪や穢れ,災厄を祓うための神事が行われます。
この神事は「夏越の祓(なごしのはらえ)」と呼ばれ,神社では茅の輪をくぐることで穢れを清める「茅の輪くぐり(ちのわくぐり)」や,紙を人の形に切った「人形(ひとがた)」を水に流したり,火で焚いたりする「人形流し」,この人形流しと同様に乗り物やペットなどの形に切った「形代(かたしろ)」でお祓いを受ける「形代流し」といった神事が行われます。
「茅の輪くぐり」・「人形」・「形代」にみる神道と道教の融合
茅の輪くぐりは,神社の境内に設けられた茅で作られた大きな輪を人が8の字にくぐることで,穢れを払う神事です。
(茅の輪くぐり)
(武光 誠『知っておきたい世界七大宗教』から引用)
茅の輪くぐりについては,「備後国風土記」にある,スサノオノミコトとされる神が旅の途中で温かくもてなしてくれた蘇民将来(そみんしょうらい)に,「茅で輪を作って腰に巻けば病気にかからない」と教え,蘇民将来がその教えを守ったところ,疫病を逃れることができたという伝説が由来となっています。
この「輪の中を8の字にくぐることで災厄を逃れる」という方法は,実は中国の道教の呪術にも共通してみられるものです。
つまり茅の輪くぐりは,日本の神道が道教風の呪術をとり入れて生まれた神事であると説明することもできるのです。
また,「人形」に息を吹きかけたり,「形代」に対象となる乗り物やペットを当てることで人や物の身代わりとし,穢れ(けがれ)を祓うという神事は,陰陽道の呪術やその元となる中国の道教思想によるところが大きいのです。
近所の神社の「夏越祭(輪くぐり祭)」案内に,「人形」と「形代(型代)」,そしてその説明文がありましたので,御紹介します。
(「人形」)
白が男性,ピンクが女性で,名前と年齢を記入するようになっています。
(「形代(型代)」)
バイク,自転車,自動車,ペットは一般的なのでしょうが,小型船舶まで用意されています。
広島湾に面した,この地域ならではの「形代(型代)」と言えます。
(「人形」「乗り物・ペット型代」の説明)
人形・形代を切り,初穂料と一緒に封筒の中に入れ,奉納するよう説明されています。
道教の特徴とその影響を受けた日本の行事・文化
ここで,道教について少し触れておきたいと思います。
道教の特徴を示すキーワードとしては,「道」,「不老長生」,「陰陽」,「風水」,「呪術」などが挙げられます。
かつて日本でもキョンシーが一大ブームとなりましたが,その作品『霊幻道士』や『幽幻道士』などの「道士」とは,道教の僧侶のことです。
中国の道教から影響を受けた日本の行事・文化として,干支(十干,十二支),三元(上元(1月15日),中元(7月15日),下元(10月15日)),陰陽道,風水,恵方参り,恵方巻き,本草(学),庚申信仰,鍼灸,山岳信仰,修験道,茶道などが挙げられます。
このように,道教は日本では馴染みが薄いと思われがちな宗教ですが,意外と日本の行事・文化に深く根を下ろしていることがわかります。
和菓子 水無月に込められた意味や願い
夏越の祓にあたる時期に,京都を中心に食べられている和菓子が「水無月(みなづき)」です。
(水無月(1個))
これは,白い外郎に小豆をのせた三角形の和菓子です。
三角形の白い外郎は暑気払いの氷を意味しています。
なぜ氷が関係するのかと疑問に思いますが,これは旧暦の6月1日が「氷の節句」または「氷の朔日」と呼ばれ,冬に「氷室」に貯蔵しておいた氷を取り出し,この氷を口にして暑気を払う日とされたことに由来しています。
ただ,実際に氷室の氷を口にできるのは宮中の限られた人だけであったため,氷片を三角形の外郎にかたどったお菓子が作られるようになりました。
また,小豆については,小豆の赤色が呪力を持ち,魔除けの意味を持っていることに由来しています(「あずきの研究8 -お祝い事に赤色が好まれる理由-」参照)。
この小豆の赤色に呪力・魔除けの効果があるという思想は,元々は中国の道教の思想でもあります。
陰陽で,この世の人間を「陽」,あの世の幽霊・妖怪・化け物を「陰」ととらえたとき,赤色は「陽」の気にあふれた色で,「陰」の世界では嫌われる色だとされているのです。
なので,中国では,食べ物の中でも赤い小豆や桃には特別な意味があり,その思想が朝鮮半島や日本にも伝わって,水無月など和菓子の世界にも影響したと理解してよいでしょう。
こうしてみてみると,水無月は実にいろんな意味や願いが込められたお菓子だということが理解できます。
和菓子 水無月の実食
今回,私が広島市内の和菓子店で購入した水無月は,砂糖に小麦粉,上用粉,餅粉,わらび粉などを混ぜて作られた外郎の生地に,小豆がのせられたものでした。
(水無月(2個))
わらび粉が用いられていますが,これは広島の隣の山口で作られる外郎に用いられている材料です。
この水無月は3層構造となっています。
その3層とは,土台となる白い外郎のみの層,その上の小豆を混ぜた外郎の層,そして表面につやを出すために寒天で作られた透明な砂糖の膜の層です。
この水無月をいただいてみました。
土台の外郎のふるふるとしたやわらかい食感と,大粒でしっかりした弾力のある小豆の食感を同時に楽しむことができました。
見た目のこともありますが,外郎がシンプルな食感なので,こした小豆より粒のままの小豆をのせた方が合うと思いました。
逆に,こしあんにすると,単なる小豆の外郎になるような気もしました。
味は,小豆甘納豆入り蒸しパンを食べているような,シンプルな甘さ,小豆の風味がしました。
氷に似せた白い三角形,外郎の控え目な甘さ,上に散りばめられた粒の小豆が涼を呼ぶ,6月を代表する京都の和菓子です。
<参考文献>
武光 誠 『知っておきたい世界七大宗教』 角川ソフィア文庫
菊地章太 『道教の世界』 講談社選書メチエ
岡倉天心著/桶谷秀昭訳 『英文収録 茶の本』 講談社学術文庫
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