しょうゆの研究12 -キッコーマン もの知りしょうゆ館見学-
千葉県野田市は江戸時代以降,醤油の代表的な産地として発展してきました。
今回,その千葉県野田市にある醤油メーカー「キッコーマン」を訪問しました。
(東武鉄道 野田市駅と電車)
東武鉄道野田市駅を出ると,目の前にキッコーマンの工場群が広がり,ほのかに醤油産地特有の醤油の香りも漂ってきました。
(野田市駅前から見えるキッコーマンの仕込みタンク)
醤油の代表的な産地 野田
江戸時代初期,新興都市江戸への醤油の供給は,そのほとんどが醤油製造のノウハウを有する上方(紀州・湯浅,播州・龍野,備前・児島,讃州・小豆島,摂州・灘,近江・日野など)の醤油業者が製造し,樽廻船で運ばれてきた「下り醤油」によるものでした。
やがて江戸の人口が増加し,急激に醤油の需要も増してきたこともあり,関東でも醤油が盛んに製造されるようになりました。
その代表的な産地となったのが,漁民によって紀州・湯浅の醤油製造法が伝えられ,原料の大豆や小麦も収穫でき,江戸川や利根川を利用して大消費地江戸にも水運で醤油を供給できる野田,銚子だったのです。
(江戸時代の醤油の産地)
(武光 誠「食の進化から日本の歴史を読む方法」から引用)
私は,つくばエクスプレスの車内から利根川を眺めたのですが,この川が関東の一大醤油産地の形成に大きく貢献した川かと思うと,感慨深いものがありました。
もの知りしょうゆ館での工場見学
野田市駅から歩いてすぐの場所に,キッコーマンの工場見学施設「もの知りしょうゆ館」があります。
(醤油工場と「もの知りしょうゆ館」)
入館手続を済ませ,最初に館内で醤油が出来上がるまでの映像を鑑賞しました。
醤油の製造過程を理解しやすいように,こうじ菌ちゃん,酵母ちゃん,乳酸菌ちゃんというそれぞれのキャラクターが説明してくれました。
麹菌のことを「キッコーマン菌」と呼んでおられましたが,これはキッコーマンが独自に菌を所有・保存されていることの証しだと思います。
(キッコーマン菌(麹菌),酵母,乳酸菌)
麹菌,酵母,乳酸菌それぞれの微生物の働きを利用して深みのある味や香り,色が作られることや,香りの成分が300種類以上あることなど,醤油の発酵・熟成を中心に学びました。
次に工場見学をさせていただきました。
私が強く印象に残ったことを中心に御紹介したいと思います。
醤油のパイプライン
野田市内にはキッコーマンの工場が建ち並んでいますが,各工場はパイプラインで結ばれており,分業化が進んでいるようです。
このパイプライン,道路や野田市駅の地下にも張り巡らされているとのお話だったので,とても驚きました。
仕込みタンク
館内のガラス窓越しに仕込みタンクを見学しました。
これでペットボトル(1リットル)約33万本分の容量があるそうです。
ガラス窓には,仕込みタンクの仕組みが図で説明されています。
(仕込みタンクとその説明図)
濾布の大きさと圧搾の重さ
しょうゆのもろみを搾る布のことを「濾布(ろふ)」と言いますが,この濾布1枚の大きさが,幅約3m,長さ約2,800m(東京スカイツリー4つ分の高さ)もあるそうです。
この濾布にしょうゆもろみを充填し,何層にも折ってプレスさせることで,鮮やかな色の醤油が搾り出されます。
(充填室と充填機)
(パンフレット「しょうゆ キッコーマンのしょうゆ工場」から引用)
プレスの加重は,ジャンボジェット機1機分の重さにもなるとのお話でした。
しょうゆもろみを,東京スカイツリー4つ分の長さの濾布で包み,その上にジャンボジェットが乗っかってプレスすることをイメージすると,その規模の大きさに驚かされます。
しょうゆ粕としょうゆ油の活用法
醤油を作るとその副産物として大量のしょうゆ粕が生じることは,「しょうゆの研究11 -手作り醤油キットから醤油の圧搾と仕上げを学ぶ(後編)-」でも触れました。
同様に,大豆にはたんぱく質のほかに大量の油脂が含まれているため,醤油を搾った後には「しょうゆ油(しょうゆあぶら)」と呼ばれる油脂が生じます(そのため,醤油メーカーでは脱脂加工大豆を使用されることも多い。)。
キッコーマンでは,これらの副産物の有効活用に取り組んでおられます。
(しょうゆ粕)
しょうゆ粕については,家畜の配合飼料にしたり,紙(非木材紙)に加工されています。
実際にしょうゆ粕を見せてもらうと,さすがジャンボジェット機の重さでプレスされるだけあって,醤油が抽出され尽くしており,粕がコルク板のようになっていました。
私が作った際に生じたしょうゆ粕と比べると,いかに液体と固体に分けられているかがよくわかると思います。
(自作の醤油で生じたしょうゆ粕)
自宅で醤油を作った際に生じたしょうゆ粕です。
まだ液体(醤油)が多く含まれており,味噌のような固体となっています。
(しょうゆ粕とレターセット)
キッコーマンの工場で生じたしょうゆ粕とその繊維を利用して作られたレターセットが展示されている様子です。
見事に液体(醤油)が搾り出されて,乾燥した固体となっています。
職員の方から,「大切な醤油を無駄にすることのないよう,醤油を十分搾り出している」と説明していただきました。
ここで,こういう御意見もあるかも知れません。
「だったら自分で醤油を作った時も,もっと力を入れて搾ればよかったじゃないか」と。
確かにそうなのですが,無理に醤油を搾り出そうと力を加えると,醤油が濁ってしまい,きれいな醤油にならないのです。
これが素人では技術的に難しいところで,濁らせず,可能な限り醤油を搾り出すことを可能とした技術は,キッコーマンの誇るべき技術の1つだと言えるでしょう。
余談ですが,見学されていた方から,「しょうゆ粕は食べられないのですか」という質問が出ました。
職員の方は,「しょうゆ粕は,塩分が高いので人間には不向きです」と回答されていましたが,それを聞いて,私の心中は少し複雑になりました。
以前,私が醤油を手作りした際,副産物として約1kgものしょうゆ粕が出来上がったのですが,その際,いろいろと使い道を考え,その「人間には不向き」とされるしょうゆ粕で漬物を作ったり,ご飯のお供にしたりして,きれいに食べ切ってしまったからです…。
(しょうゆ油)
「しょうゆ油」と書いて「しょうゆあぶら」と読みます。
漢字で書くと「醤油油」となり,紛らわしくなります(笑)。
このしょうゆ油については,自社工場のボイラーの燃料にされているとのお話で,副産物も効率よく活用されていることを理解することができました。
(しょうゆ油)
しょうゆ油が燃料になると「なあにちゃん」(キッコーマンのキャラクター)が教えてくれています。
キッコーマンの社名・マーク
キッコーマンの社名やマークは,「鶴は千年,亀は万年」と呼ばれることや,千葉県香取市の亀甲山にある香取神宮にあやかって考案されたようです。
キッコーマンしょうゆの海外展開
館内に世界のキッコーマンしょうゆが展示されていました。
(世界に展開するキッコーマンしょうゆ)
写真は,上段左半分がアメリカ,右半分がヨーロッパ,下段左側が中国,中央がアジア・オセアニア,右側が台湾で販売されている醤油となっています。
日本の醤油は,第二次世界大戦以前からアメリカに輸出されていましたが,戦後は,キッコーマンがアメリカへの輸出を再開しました。
そして,1973年,キッコーマンがアメリカに初めて海外生産拠点を作り,以降,キッコーマンは北米,ヨーロッパ,アジアと様々な国に海外進出を図り,醤油を「グローバルスタンダードな調味料」としてその魅力を発信し続けておられます。
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コメント
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お醤油が切れて・・丁度、キッコーマンの生絞りを買ったところです。(*^-^)
気にしてなかったけど・・千葉県に工場があったのかぁ~
しかも、地下にパイプラインとは・・Σ( ̄ロ ̄lll)
お醤油の町だったんだね~フム・・
投稿: ヒナタ | 2016年7月24日 (日) 09時44分
ヒナタ 様
ヒナタさんがちょうど醤油が切れるタイミングで,記事を読んでいただくことができ,よかったです(笑)。
キッコーマンの所在地,野田は千葉県にありますが,茨城や埼玉にも近く,隣県の県境が遠く離れている広島の人間には,一体今何県なのか把握しづらい地域でした。
町中にパイプラインが張り巡らされているお話ですが,駅をはさんでパイプラインがつながっていると聞いた時は驚きました。
まさに「醤油のまち」です。
もの知りしょうゆ館は,工場見学のみならず,シアターあり,展示コーナーあり,直売店あり,飲食コーナーありの充実した施設ですので,機会があれば訪問されると楽しいと思います。
こうじ菌ちゃんが喜んで出迎えてくれますよ(笑)。
投稿: コウジ菌 | 2016年7月24日 (日) 21時12分
ヤマサの醤油も千葉県みたいだから・・
意外と、気付いてないことが多いです(笑)
コウジ菌ちゃん(笑)機会があれば
会いに行こう
投稿: ヒナタ | 2016年7月25日 (月) 15時38分
ヒナタ 様
あっ,醤油のこと勉強されたんですね!
情報提供ありがとうございます。
本当は銚子にも行ってみたかったんですよ。
で,周りの人達には「調子に乗って銚子にも行ってきました!」と報告したかったのです(笑)。
ヒナタさんのコメントには,私もハッと気付かされることが多く,大変助かっています。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
投稿: コウジ菌 | 2016年7月25日 (月) 22時56分
(笑)ダジャレ好きですねぇ~( ´艸`)プププ
こちらこそ、何気に普段気づかない事に気づいて~
それが、身近にあったりして(笑)なんか、楽しいです(笑)
元々、子供の頃から、工場見学が好きだったから~
文章能力はゼロ・・・(笑)
ご丁寧にありがとうございます。
投稿: ヒナタ | 2016年7月26日 (火) 14時59分
ヒナタ 様
身近なことや当たり前と思っていることも,実はいろんな意味があり,別に知らなくても困らないけど,知ればもっと楽しい。そんな記事が掲載できればいいなと思っています。
工場見学がお好きなようですが,子供が見る視点と,大人になって,あるいは興味・関心を持って見る視点とでは,また違った楽しみ方があると思いますので,またお近くの工場見学に行ってみられるとよいかと思います。
文章能力,私も無くて困っています。
スラスラ書ける能力があればいいのですが,相当時間がかかり,出来上がっても何度も見直しや修正をするので,結構苦労しています。
ダジャレならスラスラ書けるのですが(笑)。
投稿: コウジ菌 | 2016年7月27日 (水) 00時13分
そうですね。大人と子供の視点が違うものね~
アニメとか見直しても結構思ってたのと違ってたり奥が深かったりね
コウジ菌さんは文章能力ありますよ~全然大丈夫です。
私が読んで、伝わるんだから~(笑)
投稿: ヒナタ | 2016年7月27日 (水) 14時48分
ヒナタ 様
ありがとうございます。
読みやすく,理解しやすい文章が書けたらといつも思っているので,「伝わってる」と言ってくださることが一番嬉しいお言葉です。
どういう文章がふさわしいかと,単語の本来の意味を調べたり,類義語を調べたりするのですが,そういう作業の中でダジャレも思いつくので,困ったものです(笑)。
投稿: コウジ菌 | 2016年7月28日 (木) 00時01分