ドイツ・ウィーン菓子の特徴と主な菓子1 -シュトロイゼルクーヘン・レープクーヘン・バウムクーヘン-
神聖ローマ帝国とハプスブルク家
かつてドイツやオーストリアを中心とするヨーロッパの広範囲を,約千年もの間統一していた神聖ローマ帝国。
その神聖ローマ帝国の皇帝位をほぼ独占していたのがハプスブルク家です。
今回御紹介するマクシミリアン1世はハプスブルク家出身の神聖ローマ帝国皇帝(1508年~1519年)として活躍した人物です。
マクシミリアン1世とインスブルック
(マクシミリアン1世)
(菊池良生『図解雑学 ハプスブルク家』)から引用)
ヨーロッパ支配を目論んだマクシミリアン1世は,治世のほとんどを戦場で過ごしたため,「中世最後の騎士」と呼ばれています。
そんな彼がミラノを手中に収めようとし,そのための拠点としたのが,現在のオーストリア共和国チロル州の州都インスブルックという街です。
マクシミリアン1世は,近代郵便制度を確立したことでも知られますが,それはこのヨーロッパの要衝インスブルックでの情報インフラを構築することが目的でした。
まさに,マクシミリアン1世によって発展したインスブルックですが,その象徴とも言える建物が「黄金の小屋根」です。
(「黄金の小屋根」)
(菊池良生『図解雑学 ハプスブルク家』)から引用。一部加工)
写真右側が「黄金の小屋根」です。
様々なイベントを見学するための王室用桟敷席として建設されたもので,出窓の上に2,657枚の金メッキの銅板で屋根が作られています。
この「黄金の小屋根」は現在,インスブルック第一の観光スポットとなっています。
シュトロイゼルクーヘン
広島市内のパン・洋菓子店で,「インスブルック」という名のチョコパウンドケーキが売られていました。
(「インスブルック」)
その名前に興味を持ち,お店の方にお話を伺ってみると,
「オーストリア(ウィーン)菓子では,小麦粉,バター,砂糖などをそぼろ状に混ぜ合わせた生地「シュトロイゼル」が使われることが多いのが特徴なのですが,そのシュトロイゼルを使っていることから,この名前にしました。」
とのお話でした。
このそぼろ状のシュトロイゼルがのせられたケーキは「シュトロイゼルクーヘン」と呼ばれるのですが,今回購入した「インスブルック」も,チョコレート生地のシュトロイゼルクーヘンと言うことができるでしょう。
シュトロイゼルとクランブル,メロンパンとの関係
ちなみに,イギリスやアメリカには,リンゴやベリーと組み合わせた「クランブル」というお菓子がありますが,このサクサクした食感が特徴のクランブルもシュトロイゼルと同じ意味で,そぼろ状のお菓子です。
(クランブル入りアップルパイ)
また,日本で人気のメロンパンは,パン生地にビスケット生地を薄く覆って焼き上げたものですが,この発想は,シュトロイゼルクーヘンに由来しているという説もあります。
第一次世界大戦で日本に捕虜として連れてこられたドイツ人が,戦後,日本各地にドイツパンやドイツ菓子を広めたのですが,その1つがシュトロイゼルクーヘンで,それが後のメロンパンにつながっていったとする説です。
カール・ユーハイムとバウムクーヘン
余談ですが,バウムクーヘンで有名な「ユーハイム」の創業者,カール・ユーハイムも,日本軍の捕虜として現在の広島市南区似島の捕虜収容所に連行されたドイツ人で,彼の焼き上げたバウムクーヘンを広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)でお披露目したことにより,日本にバウムクーヘンが知られるようになりました。
(広島港から似島を望む)
写真の左側中心部に写っている島が似島です。船は松山や江田島から広島港に入港しているフェリーです。
この島こそ,日本で初めてバウムクーヘンが焼かれた島なのです。
こうした歴史を知ると,広島市に住む私としては,メロンパンのシュトロイゼルクーヘン起源説に一票投じたい気持ちになります。
黄色いシュトロイゼルと「インスブルック」
では,なぜ今回のチョコケーキに「インスブルック」と名付けられたのでしょうか。
その理由は,シュトロイゼルが使われていることはもちろんですが,そのシュトロイゼルがインスブルックにある「黄金の小屋根」に見えるからではないかと思います。
(「インスブルック」の中の様子)
チョコケーキの上にシュトロイゼルをのせたお菓子ですが,チョコレートの茶色い生地にシュトロイゼルの黄(金)色が映えています。
「インスブルック」という名のチョコケーキ。
改めてまとめてみると,奥深い意味がありました。
マクシミリアン1世が好んだ菓子「レープクーヘン」
冒頭で登場したマクシミリアン1世が好んだ菓子は,「レープクーヘン」と呼ばれる香辛料(シナモン,クローブ,ナツメグ,コショウなど)や蜂蜜入りのシンプルなクッキーだったようです。
(レープクーヘン)
(関田淳子『ハプスブルク家の食卓』)から引用)
現代でも,マクシミリアン1世と縁のあるドイツ・ニュルンベルクの名菓として,またクリスマス菓子として,ドイツ・オーストリアを中心に人気のある菓子です。
(レープクーヘン(天使))
こちらは神戸のパン屋「ドンク」でクリスマスシーズンに売られているレープクーヘンです。
天使の形をしており,アーモンド,カシューナッツ,ピスタチオ,乾燥クランベリーがのせられています。
やわらかくて厚みのあるクッキーのような食感で,シナモンやジンジャーなどの香りもきかせてあります。
ヨーロッパでクリスマスの時期を中心に食べられる「ジンジャーマン(ジンジャーブレッド)」ともよく似ています。
ドンクでは,この天使のほか,クリスマスツリーや星の形をしたレープクーヘンも売られており,お店の方のお話では,毎年恒例のお菓子となっているようです。
「チロル」と聞いて思い出すお菓子は・・・
以上,マクシミリアン1世にまつわるお話を中心に,様々な地名や菓子名が登場しましたが,私が最も親しみを感じるのは「チロル」という地名です。
そうです。「チロルチョコ」を思い浮かべるのです。
(チロルチョコ)
ただ,このチロルチョコも,チロルチョコ株式会社のウェブページによると,実はオーストリアのチロル地方のような,素朴な人々や大自然のさわやかなお菓子でありたいとの願いを込めたネーミングのようです。
チロルチョコ株式会社「チロルのひみつ Vol.5 チロル地方とチロルチョコのお話」
こうした身近なお菓子からも,オーストリアやドイツの歴史や文化,自然を感じることができれば楽しいですね。
<参考文献>
菊池良生『図解雑学 ハプスブルク家』ナツメ社
関田淳子『ハプスブルク家の食卓』新人物往来社
東嶋和子『メロンパンの真実』講談社
広島市『南区七大伝説 菓子伝説(バウムクーヘン上陸秘話)』南区魅力発見委員会
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