ベトナム料理の特徴と主な料理 -バインセオ・ブンチャー・バインベオ・バインフラン・フォー-
ベトナム料理の特徴
東南アジア,インドシナ半島東部に位置するベトナムは,地理的に大国の中国やインドに近く,中国やフランスそしてアメリカに統治されてきた歴史も有しています。
そのため,食文化についても,東南アジアの伝統的な料理(「ニョクマム」などの魚醤,パクチーをはじめとする各種ハーブ類,ココナッツミルクなどを用いた料理)を守りつつも,中国料理,フランス料理,アメリカ料理そしてインド料理(香辛料などを多用する料理)の影響も強く受けたものとなっています。
中国や欧米の食文化の影響を受けていることもあり,食の制約(タブー)はゆるやかです。
稲作が盛んなことから米食が中心で,米はご飯だけでなく,米粉を加工したライスヌードル(フォーなど)やライスペーパー(生春巻など)としてもよく食べられています。
また,海岸線が長いので海の幸にも恵まれています。
味で言えば,ベトナム料理は,タイ料理の特徴である5つの味覚(辛味,酸味,甘味,塩味,旨味)が複雑に絡み合った味と同じ傾向にあると言えるでしょう。
ただ,タイ料理ほどそれぞれの味が強く主張していません。
また,中国料理ほど油を多く使わず,フランス料理の洗練された調理法も取り入れられているため,比較的マイルドな味付けになっており,日本人にも食べやすい料理が多いと言えます。
バインセオ
広島に本格的なベトナム料理店がオープンしたとの情報を得たので,訪問してみました。
アラカルトでの注文だったので,ベトナムを代表する料理を選んでみました。
(バインセオとライスペーパー)
ベトナムの代表的な料理の1つ「バインセオ」です。
もやし,豚肉,海老などを一緒に炒め,炒めた具をオムレツのように皮で包んだ料理です。
皮は米粉・ココナッツミルク・ターメリックなどを混ぜた生地を薄く伸ばして焼いたものです。
お店の方から,「ライスペーパーにバインセオをのせ,パクチーやレタスなどの野菜を添えて,それらを包み,つけダレをつけて召し上がってみてください。」と食べ方を教えていただきました。
(バインセオとヌクチャム)
つけダレはニョクマム,酢,ニンニク,レモンなどで作ったタレに人参や大根の千切りを加えたもので,「ヌクチャム」と呼ばれます。
日本の「紅白なます」とよく似た味がしました。
弾力のあるライスペーパー,パリパリの皮,シャキシャキのもやし,豚肉や海老の旨味,アクセントとなるパクチーを1つにまとめ,甘酸っぱいヌクチャムをつけていただくと,様々な味や食感を一度に楽しむことができました。
バインセオは,クレープやお好み焼とよく似ていますが,この発想は,フランスのそば粉や小麦粉を使ったガレットやクレープにも相通じるところがあるように思いました。
ブンチャー
数あるベトナム料理の中で,ぜひ一度味わってみたいと思っていた料理が「ブンチャー」です。
ベトナムを旅行されたKhaawさんのブログ記事を読んで知りました。
お店のメニューにブンチャーがあったのですが,平日のランチセットだけの料理となっていたため,訪問した日曜日のメニューにはありませんでした。
でも,そこで簡単に諦めないのが私流(笑)。
ブンチャーを味わってみたい旨をお店の方にお話しすると,こころよく応じてくださいました。
(ブンチャー)
大皿にボリュームたっぷりのブンチャーが用意されました。
「ブン」はそうめんのような細い米粉麺(ビーフン),「チャー」は豚肉という意味だそうです。
どっさり盛られたそうめんのようなブン,その上には炭火焼きの豚バラ肉がのせられています。
さらに挽き肉・人参・春雨などの具が入った揚げ春巻や,パクチー・レタスなどの野菜も皿に盛られていました。
そしてよく見ると,つけダレの甘酸っぱいヌクチャムの中にも炭火焼きのつくねが3つも入っていました。
(ブンチャー(ヌクチャム))
魚醤で味を調えた汁気の多い紅白なますのようなタレの中に,ビーフン,焼肉,つくね,野菜などを入れ,つけ麺としていただくイメージです。
日本のそうめんのような食べ方ですが,肉があるので,もっと豪快でボリュームがあります。
お店の方が,このブンチャーは,アメリカのオバマ前大統領がベトナムで召し上がったものと同じものだと自慢しておられました。
韓国の「プデチゲ」やインドネシアの「ナシゴレン」・「ミーゴレン」など,少し前までマイナーな存在だった海外の料理が,日本で徐々に知られ,人気を得るようになった事例は多々ありますが,この「ブンチャー」も同様に今後日本で紹介され,ヒットする可能性は十分にあるように思いました。
バインベオ
「バインベオ」は,米粉を蒸した餅料理・餅菓子のことで,ベトナム中央部に位置するフエの宮廷料理の1つです。
(バインベオ)
米粉を水で溶いた生地を型に流し,蒸して餅のように固められています。
上にのせられた黄色いものは,小豆に似た豆を蒸したものだそうです。
仕上げに餅の周りにココナッツミルクがかけられています。
もっちりと仕上がった米粉の餅には,ほんのりと甘味が感じられ,ココナッツミルクや豆と一緒にいただくと,より美味しくいただけました。
今回のバインベオは甘いデザートとして用意されていましたが,海老や豚肉をのせて料理の前菜やおやつとして食べられることも多いようです。
ココナッツミルクは東南アジアの代表的な食材ですが,米粉を使って「蒸す」という調理法は中国から受けた調理法だと思います。
バインフラン(ベトナム風プリン)
デザートは一品だけで済ませる予定でしたが,お店の方からいろんなお話を伺ううちに,プリンが一押しだと伺ったので,追加でいただくことにしました。
ベトナムではプリンのことを「バインフラン」と呼ばれているようです。
(バインフラン(ベトナム風プリン))
卵の白身は使わず,黄身だけで作られたカスタードプリンなので,とても濃厚な,これぞカスタードプリンの王道と言えるような味がしました。
残った白身は,まかないで出されているという涙ぐましいお話まで伺いました(笑)。
併せて,ベトナムでプリンがよく食べられているのは,フランスがベトナムを統治していた時代に,フランスのお菓子としてもたらされたからだと教えていただきました。
フランス料理には,卵や牛乳などの液体を型に入れて蒸し,プリンのように仕上げた「フラン」と呼ばれる料理・菓子があります。
今回御紹介したベトナムのお菓子「バインフラン」の「フラン」も,このフランスの「フラン」と関連性があると思います。
では頭に付く「バイン」はどういう意味でしょうか。
次に,この「バイン」について少し整理しておきたいと思います。
ベトナム料理には「バイン」という名の料理・菓子が多い
ベトナム料理には,今回御紹介した「バインセオ」,「バインベオ」,「バインフラン」をはじめ,「バインミー」(バゲット(フランスパン)のベトナム風サンド),「バインクオン」(ベトナム風水餃子),「バインスー」(シュークリーム)など,頭に「バイン」と付く料理やお菓子が数多く存在します。
「バイン(bánh)~」はベトナム語で「餅,粉もの,お菓子」といった意味があり,漢字では「餅」と表現されます。
これは中国の「餅(ビン)」という言葉に由来しているようです。
中国では「麺(ミエン)」は穀物の粉の総称,「餅(ビン)」はその「麺」の中でも小麦粉食品を指す言葉として用いられています。
その意味が派生して,ベトナムでは「餅,粉もの,お菓子」に「バイン」が使われるようになったのでしょう。
ただ,ベトナムでの「粉もの」は小麦粉よりは米粉が中心となります。
小麦粉ではなく米粉が中心となっているのは,ベトナムの米食中心の食事文化が反映されているからでしょう。
こうして「バイン」という言葉は,ベトナムの米粉を中心とする様々な料理や菓子を表現する言葉として広く用いられるようになったのです。
食文化のオリジナリティとは
中国での元来の意味からかけ離れてしまっている現象は興味深いですが,それは日本でもみられます。
日本では「麺」と言えば(穀物の粉ではなく)粉ものを細長く加工したそばやうどん,ラーメンなどを言いますし,「餅」と言えば(小麦粉ではなく)もち米から作られるお餅を言うことが一般的ですよね。
だから日本から見れば,逆に中国での意味の方が間違っているように思えるわけです(笑)。
こうした現象がみられる一方で,当然ながら,中国での意味と同じ意味で用いられているベトナム料理もあります。
その代表例が「フォー」(米粉の麺)です。
(フォー)
中国では米粉の麺を「粉」と表現しますが,フォーは,この「粉」のベトナム語での発音「ファン」が変化して「フォー」と呼ばれるようになったという説が有力です。
今回御紹介した「ブンチャー」の「ブン」も「ビーフン(米粉)」の「粉」からそう呼ばれるようになったのでしょう。
他の地域や国の食材,調理法,言語,文化などを受け入れる際には,一旦その地域や国で都合がよいように組み換え・加工がなされた上で受け入れられ,オリジナリティを持たせていることがよくわかる事例だと思います。
<関連記事>
「ベトナムのつけ麺 ブンチャー Bun cha; Vietnamese noodle with pork soup」
(Khaawさんのブログ「-彩雲たなびく天使の街/City of angel under cloud iridescence-」)
<関連リンク>
「HANOI PHO(ハノイ・フォー)」(広島市中区白島北町3-1 河瀬ビル101)
<参考文献>
石毛直道『世界の食べ物 食の文化地理』講談社学術文庫
沼野恭子編『世界を食べよう!東京外国語大学の世界料理』東京外国語大学出版会
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コメント
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おはようございます。
ベトナム料理って美味しいですよねー。
何を食べてもはずれがないような。
写真を見てたら久しぶりに食べたくなりました。
投稿: chibiaya | 2017年12月 3日 (日) 09時18分
chibiaya 様
おはようございます。
そうですね!ベトナム料理は中国料理やフランス料理など世界共通に好まれる料理をベースとして,地元東南アジアの食材を使って作られた料理が多いので,美味しい料理が多いのでしょうね。
他国のオリジナル料理で小麦粉を使うところを,米粉に変えて作られた料理・菓子も多いようですが,これって米粉ブーム,グルテンフリーが注目されている今の日本にもぴったりだと思いませんか。
また関東でおすすめの料理店教えてください(^_^)/
投稿: コウジ菌 | 2017年12月 3日 (日) 10時12分