広島の名物・郷土料理4 -でんがく・ホルモンおでん,田楽とおでんの食文化史-
広島には「ホルモン天ぷら」のお店が数多くありますが,こうしたお店の中には,天ぷら以外にもホルモンを使った広島ならではの料理が用意されていることがあります。
その代表的な料理が「でんがく」と「ホルモンおでん」です。
今回は,この2つの料理を御紹介したいと思います。
でんがく
店内のメニューには「でんがく(汁)」や「でんがくうどん」と表記されているのですが,実際に出されてみないと名前だけで理解するのは難しい料理だと思います。
「でんがく」は,地元広島でも御存知の方は少ない料理でしょう。
(でんがく)
これがその「でんがく」です。
ひらがなで表現されたやさしいイメージとのギャップを感じてしまうような見た目です(笑)。
「でんがく」は,一言で表現すれば,ホルモン汁のことです。
具は,小腸,チギモ(脾臓),ヤオギモ(肺),センマイ(牛の第三胃袋),ガリ(軟骨)など様々な種類のホルモンと,キャベツや春菊などの野菜で構成されています。
ホルモンを煮込むことで抽出されるだしを塩味で整えたシンプルな味付けですが,様々な部位のホルモンを入れて煮込むことで,ホルモン本来のうまみや,脂のコクが凝縮された奥深い味の汁に仕上がっています。
キャベツや春菊といった野菜は,口内をさっぱりとリフレッシュさせる効果もあります。
ホルモン天ぷらとは違い,見た目そのままのホルモンが入っているので,野趣あふれる料理ですが,やわらかく煮込まれており,いろんなホルモンを確認しながら味わえるというメリットがあります。
この「でんがく」に,うどんを加えると「でんがくうどん」,そうめんを加えると「でんがくにゅうめん(でんがくそうめん)」と呼ばれる料理になります。
広島の「でんがく」は,様々なホルモンを一度に,そのうまみを余すことなく味わえる汁だと定義することができるでしょう。
ホルモンおでん(牛スジ・ヤオギモ)
「でんがく」はホルモンの煮込み汁ですので,「おでん」に近い料理だと言えます。
ところが,「でんがく」を提供している広島のホルモン天ぷら店には大抵,牛すじやホルモンを出汁にした黒い汁が特徴の「ホルモンおでん」も提供されているのです。
こちらがその「ホルモンおでん」です。
(ホルモンおでん)
上の串が牛スジ,下の大きな塊の肉が牛の肺です。
スジ肉は,市販のおでんの具としてもよくみかけますね。
ただ,今回のスジは,ホルモンを扱う店のスジだけに,一回り大きく,肉付きも多いように思いました。
一方,牛の肺(フワ)は,広島では「ヤオギモ」と呼ばれます。
かなり大きく重い塊なので,箸でつまみ上げるのは難しく,お店の方に大きな金網で掬い上げてもらいました。
広島以外の方には馴染みが薄い肉かも知れませんが,広島にはこの「ヤオギモ」を醤油,砂糖,生姜などで甘辛く煮た「牛やおぎも煮」という料理があり,専門店のみならず広島市内のスーパーの惣菜コーナーなどでもよく販売されています。
ですので,「ヤオギモ」のおでんは,地元広島の方であれば,そんなに抵抗ないという方も多いでしょう。
この黒い汁が特徴の広島の「おでん」と,すまし汁に近い広島の「でんがく」は,同じ煮込み料理でありながら対照的な料理となっています。
「田楽」と「おでん」の食文化史
今回御紹介した広島の「でんがく」は,豆腐やこんにゃくなどに味噌を塗って焼いた「田楽(でんがく)」と関係があるのでしょうか。
このことを考える前提として,「田楽」と「おでん」の食文化史にも少し触れておきたいと思います。
「田楽」という名称は,平安時代に田楽法師が竹馬に乗り,田植えの豊作を祈願して舞い踊る姿が,豆腐に長い串を刺し味噌をつけて焼く料理に似ていたことに由来しています。
(豆腐の味噌田楽(愛知県岡崎市))
この「田楽」が,のちに接頭語の「お」を付けた「おでんがく」となり,略されて「おでん」と呼ばれるようになりました。
「田楽」に用いる食材も,豆腐のほかにこんにゃくも使われるようになり,醤油も登場することによって,焼く料理から煮込む料理へと組み替えがなされるようになりました。
(こんにゃくの味噌田楽(愛知県岡崎市))
そして,具材も鳥獣肉や魚肉練り製品にまで広がり,「おでん」という料理に変化して現在に至っています。
つまり「おでん」は元々の「田楽」という料理からは別物の,独立した料理へと進化したわけです。
広島の「でんがく」の意味を考える
こうした「田楽」と「おでん」の食文化史を踏まえた上で,改めて広島の「でんがく」という名称の由来について考察してみたいと思います。
広島の「でんがく」はホルモンを煮込んで作られる「おでん」とよく似た料理です。
しかしながら,広島ではホルモンは「おでん」を作る際の出汁や具材としても使われていますので,ホルモン煮込み汁のことまで含めて「おでん」と呼ぶと,それぞれの料理の区別が付かなくなってしまいます。
そこで,「おでん」とは別の料理という意味で,おでんのルーツとなった名称である「でんがく」という呼び名が用いられるようになったのではないでしょうか。
このお話は私の推論に過ぎませんが,広島の「でんがく」という料理の名称は,何らかの形で「おでん」や「田楽」と関係性があるのではないかと考えます。
<関連記事>
「広島の名物・郷土料理1 -ホルモン天ぷら,ホルモン天ぷらの種類と特徴-」
「広島の名物・郷土料理2 -ホルモン天ぷら(ビチ・チギモ),スマートな注文方法-」
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コメント
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こんにちは。
食材としての臓物に慣れる前、
なかなかこわかったおぼえが
いまにして振り返ると(*ノωノ)ハズカシイ
(つい輪郭をなぞってしまう子供のような目でした)
名作漫画(そしてアニメ)の、じゃりン子チエ、では
ホルモンの描写もリアルではなかったので
なんとも思わなかったですけど~
ホルモンというものは、子供か大人か、という
線引きをはかる材料みたいと思ったり^^
田楽その名の由来がおでんという名を作った流れに
興味深くて、民俗学的に楽しいです。
広島に訪れることがあれば味わなければ、でんがく^^
しばらく五月病?的な低空飛行モードで
今も引きずり加減ですが、ホルモンは元気に効くかな、
効くのなら食べてみようかな…^^
投稿: サウスジャンプ(つなまよ) | 2018年5月19日 (土) 13時13分
サウスさん,こんにちは。
コメントいただき,ありがとうございます。
ホルモンの見た目がこわかったというお話,よくわかります。
今回の「でんがく」の写真だって,見慣れない方にはちょっと厳しいかなと少しためらいもありましたので…。
「見た目を超えた美味しさがある」と思えるようにならないと食べようという気になれませんよね。
ホルモンの輪郭をなぞる…絵やデザインのセンスがあるサウスさんらしい発想ですね。チロルチョコのデザインにどうですか(^o^)
じゃりんン子チエに庶民的でどこか大人社会の雰囲気があるマンガだなという印象を持ったのも,ホルモン焼きのお店の印象が強かったからだと思います。
田楽からおでんへ。
「おでんがく」は,宮中の御所言葉だったというお話があります。
田楽が田植えの際に竹馬に乗って踊る芸能だったという話は面白いですよね~。
竹馬に乗った田楽法師を想像させるような豆腐の味噌田楽の写真があったので,これはいけると思い,参考に掲載してみました。
ホルモンの名前の由来については諸説ありますが,滋養強壮によいことから医学用語のホルモンにちなんで呼ばれるようになったという話もあるぐらいなので,ホルモンを食べると元気が出ると思います。
この春,サウスさんはとても頑張られてお疲れが出ているようですが,美味しいもの食べるとか,お目当ての物を買うとか,どこか出掛けてみるとか,御自分へのごほうびもお忘れなく!
それがきっと高度を上昇させるエネルギーになりますよ。
応援しています(^^)v
投稿: コウジ菌 | 2018年5月20日 (日) 09時56分