ハンガリー料理の特徴と主な料理1 -トカイワイン・豚肉のパテ・ハンガリーサラミ・パプリカ・フォアグラ・スズキのソテー-
ハンガリーの概要と食文化
ハンガリーは中央ヨーロッパに位置する国で,首都はブダペストです。
「ブダペスト」のことを日本では「ブタペスト」と呼ぶ人もいますが,かつてドナウ川をはさんで両岸にあった王宮のある都市「ブダ」と商業で栄えた都市「ペスト」が一緒になった経緯を踏まえると,「ブタ」ではなく「ブダ」の方が正しい呼び方となります。
(ドナウ川から見るブダ王宮の夜景)
菊池良生「図解雑学 ハプスブルク家」ナツメ社 p177から引用
地理的にトルコに近いこともあり,ブダ王宮がオスマン・トルコ軍に占領され,支配された時代もありました。
このトルコ支配からハンガリーを解放したのが隣のオーストリア・ウィーンを拠点にしていたハプスブルク家ですが,今度はハプスブルク家の支配下に置かれることとなりました。
その後,独立機運が高まった中での「オーストリア・ハンガリー二重帝国」体制や,第一次世界大戦後のハプスブルク帝国崩壊など,幾たびかの政変を経て,現在のハンガリー国家が形成されました。
ハンガリー人は自らをマジャール人と呼び,言語もマジャール語と呼んでいます。
この「マジャール」はもともとアジア系遊牧民を指し,人名表記も日本と同じ姓・名の順となっているなどアジアとの関わりも強いことから,ハンガリーは「ヨーロッパの中のアジア」とも呼ばれています。
こうした歴史的・地理的・民族的背景から,ハンガリーはヨーロッパとアジア,キリスト教圏とイスラム教圏,農耕民と遊牧民など様々な文化を受け入れてきた国だと言えます。
そのため,食文化においても,トルコ料理,オーストリア料理をはじめとして,多種多様な料理・食材・調理法が存在しています。
それでは代表的なハンガリー料理を御紹介しながら,ハンガリー料理の特徴についてお話ししたいと思います。
トカイワイン
東京のハンガリー料理店でハンガリー料理をいただきました。
予約時に「いろんなハンガリー料理を味わってみたい」と御相談したところ,わがままな要望にもかかわらず快く応じてくださり,私向けのコースを組み立てていただきました。
ドレスコードがスマートカジュアルとあったので,少しおしゃれして伺いました。
カウンターでハンガリーのお話を伺いながら,ハンガリー料理を味わいました。
最初に飲み物を何にするか問われたのですが,ハプスブルク家やハンガリーの食文化について学んだ上で,どうしても飲んでみたいワインがありました。
トカイワインです。
ハンガリー東北部トカイ地方から産出されるワインで,建国の祖イシュトバーン1世がキリスト教を国教とするにあたり,ブドウ(フルミント種)の栽培・ワインの製造をはじめた時から続くハンガリーを代表するワインです。
フランス国王ルイ14世をして「これぞ王様のワイン,これぞワインの王様」言わしめたワインでもあります。(ちなみにルイ14世は日本の醤油も好んだことでも有名です。)
店主さんから,「世界三大貴腐ワイン」(フランスの「ソーテルヌ」,ドイツの「トロッケンベーレンアウスレーゼ」,ハンガリーの「トカイワイン」)の1つであることを教えていただきました。
そしてグラスに注いでいただきました。
(トカイワイン)
トカイワインはよく「黄金色に輝くワイン」と称されますが,本当に黄金色の輝きをもつワインでした。
オーストリアのマリア・テレジア(マリー・アントワネットの母)が,トカイワインの黄金色の輝きを見て,本当の金が入っているかどうか調べさせたという逸話も残っているほどです。
口に含んでみると,アプリコット(アンズ)のお酒のような,甘みが強くフルーティーなお酒でした。
一般的にランクの高いトカイワインほど,甘美な味わいが増すとされています。
田舎者の私をして「田舎者にしてトカイワイン」と言わしめた,おすすめのワインです。
豚肉のパテ・パン・ハンガリーサラミ・パプリカ・フォアグラ
ハンガリーの代表的な食材を使ったオリジナルの前菜盛合せを作っていただきました。
(豚肉のパテ・パン・ハンガリーサラミ・パプリカ・フォアグラ)
写真上から時計回りに,甘いパン(フォアグラ用),豚肉のパテと自家製パン,ハンガリーサラミ,パプリカとフォアグラのパテ・ソース,立ててある切身がフォアグラ,そして紫キャベツのピクルスです。
(豚肉のパテ)
ハンガリー料理の特徴の1つに豚肉の料理が多いことが挙げられます。
豚肉のパテもその1つで,自家製パンと共に美味しくいただきました。
(ハンガリーサラミ)
程よい塩味でやわらかく,脂肪のしつこさもなかったので,お店の方に「このサラミは美味しいですね」とお話しすると,「ハンガリーの食べられる国宝『マンガリッツァ豚』で作られたサラミです」と教えていただき,納得しました。
ハンガリーサラミはサラミの原点とも言われ,有名なイタリアのサラミもハンガリーをお手本に作られたという説もあります。
(パプリカ)
輪切りのパプリカにフォアグラのパテやソースをかけた料理を御用意いただきました。
パプリカは,オスマン帝国のトルコ人によってハンガリーに持ち込まれた唐辛子をもとにハンガリーで生まれた食材とされています。
パプリカも含め,ハンガリーはヨーロッパの中で最も唐辛子類が食べられる国で,辛い料理が多いのも特徴の1つです。
ハンガリーには,グヤージュ・ロールキャベツ・鶏の煮込み・鯉やナマズの煮込みなどパプリカを使った料理が多く,「パプリカなくしてハンガリー料理は存在しない」と言われるほどハンガリー料理には必要不可欠な食材となっています。
(フォアグラ)
フォアグラは,紫キャベツで作られた甘いピクルスや甘いパン,そしてトカイワインと一緒にいただきました。
フォアグラは甘い食べ物や飲み物と相性が良いことで知られています。(フォアグラとソーテルヌ・トカイワインの相性の良さは有名で,昔から最高の贅沢とされてきました。)
ハンガリーはフォアグラの生産がフランスに次いで世界第2位で,日本が輸入しているフォアグラの約8割はハンガリー産です。
ハンガリーはフォアグラの一大生産国と言えますが,これはハンガリーが水鳥(グース(ガチョウ)やダック(アヒル)など)を飼育するのに適した自然環境に恵まれており,良質の羽毛(ダウン)を産出してきたことと関係していると言えるでしょう。
スズキのソテー ポルチーニのソース
ハンガリーはヨーロッパの内陸にあるため,魚料理は淡水魚が中心となります。
鯉やナマズなどの淡水魚をパプリカと一緒に煮込んだ辛いスープ「ハラースレー」などが有名です。
今回のコース料理では,スズキのソテーを御用意いただきました。
(スズキのソテー ポルチーニのソース)
皿の中心にスズキのソテーにマッシュポテト,きのこ,ディル,白いパプリカが添えられ,全体にポルチーニソースがかけられています。
外は皮も含めてパリッと,中は柔らかくジューシーにソテーされたスズキを,ポルチーニ茸と生クリームで仕上げられたソースでいただきました。
マッシュポテトは刻んだホウレンソウとクリームチーズが入っており,コクのあるグラタンのような仕上がりでした。
【メモ】
貴腐ワイン
ブドウの収穫を遅らせ,乾燥させたり,カビ(貴腐菌)をつけさせたりすることでブドウの水分を減らし,糖度を増した果汁で作られたワイン。
トカイワインの場合,糖度を増したブドウ果汁と通常のブドウ果汁を混ぜて作られ,前者の果汁の含有率は「プトーニュ」という単位で表現される。
酒精強化ワイン
貴腐ワインと同様に甘いワイン。
ワインの製造過程の途中でブランデーなどのアルコール(酒精)を添加し,アルコール濃度を高めてその後の発酵を止めてしまうことでブドウ本来の甘さを残したワイン。
スペインの「シェリー酒」,ポルトガルの「ポルト酒(ポートワイン)」や「マディラ酒」などが有名。
甘いワインとフォアグラのマリアージュ
フォアグラは貴腐ワインと相性が良いが,これは酒精強化ワインにも当てはまる。
例えばフランス料理では,フォアグラのソテーやテリーヌなどにマディラ酒のソース(ソース・マディラ)やポルト酒のソース(ソース・ポルト)が組み合わされることが多い。
ちなみに「牛フィレ肉とフォアグラのロッシーニ風」に用いられるソース「ソース・ペリグー」はソース・マディラに刻んだトリュフを加えて作られる贅沢なソースである。
<参考文献>
岡田 哲「世界の味探究事典」東京堂出版
関田淳子「ハプスブルク家の食卓」新人物文庫
菊池良生「図解雑学 ハプスブルク家」ナツメ社
21世紀研究会編「食の世界地図」文春新書
21世紀研究会編「民族の世界地図」文春新書
玉村豊男「食卓は学校である」集英社新書
<店舗情報>
「AZ Finom(アズフィノム)」(東京都渋谷区神宮前2-19-5 AZUMAビル地下1階)
<関連記事>
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コメント
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このレストランに行くために上京されたんですね。
さすが東京、どんな料理でもありますね…
アルコール苦手なのにトカイワイン飲まれたんですか?
大丈夫でした?(笑)
フォアグラはカボチャのソースとも相性いいので甘めものと合うんでしょうね。
ハンガリー料理、今まで見たことなかったけど美味しそうです。
投稿: chibiaya | 2018年9月 8日 (土) 17時58分
chibiaya 様
chibiayaさん,こんばんは。
コメントいただき,ありがとうございます。
そうです。このレストラン,実は二度目のチャレンジ(約1年前の前回は予約してみたら定休日でした…)で叶いました。
おっしゃるとおりアルコールが苦手なのですが,このトカイワインはハンガリーの有名なお酒なので,どうしても飲んでみたくて,注文しました。
トカイワインの写真には写ってないですが,ワイングラスの隣りには水や炭酸水を置いていて,水と交互に顔が真っ赤になりながら飲み干しました(笑)。
でも,東京のレストランのカウンターで1人お酒を飲むのもいいなぁと思いました。
フォアグラとカボチャのソース,この組み合わせは美味しそうですね!
イチジクと合わせることもありますが,やはり甘い食べ物や飲み物と合うからなのでしょうね。
ハンガリー料理,後半もあります。
今回は埼玉・秩父へも行きました。ある食を求めて秩父へ。さて何でしょう?(笑)
またいつか記事にしたいと思います。
原宿,津田沼(千葉工業大学),千葉,幕張,越中島(東京海洋大学・明治丸),高輪「味の素食の文化センター」へも行きました。いつもながら…(^^ゞ
投稿: コウジ菌 | 2018年9月 8日 (土) 23時51分
こんばんは
ハンガリー料理、興味深いです。
トカイワイン、貴腐ワインの一つなんですね、
そうとう上等、味に想像が膨らみます。
貴腐、という言葉がワインの生成に意味深いですよね。
貴なるものが腐るとおいしいモノづくりに欠かせない材料になる、っていうのが。
ブタペスト、ブダぺスト…“豚”料理が特徴……いえ、なんでもないです^^
パプリカが料理に欠かせない存在なんですね。
パプリカは、食べたというより一つのモチーフとして描いた縁に近いです。
あ、日常的に食べてますたべます、それは昔の話です。
スズキのソテー、これはおいしそうですね、実際そうだったんですよね。
外パリで中ジュー、それにソースをつけていただく…ふぅ、
これはもう、めっさごちそうさまでした^^ というよりほかないです☆
投稿: サウスジャンプ | 2018年9月12日 (水) 01時56分
サウスジャンプ様
サウスさん,こんばんは。
コメントいただき,ありがとうございます。
ギャグの発想が私に近づいてきてますよ。ご注意を!(笑)
トカイワイン,都会には美味しいお酒があるなぁと思いました(笑)。
私,実は,甘いワインというイメージから,貴腐ワインと酒精強化ワインをごちゃまぜにしていて,店主さんに世界三大貴腐ワインを教えていただいたんです(^_^;)
だから今後は間違えまいと思い,メモを作成しました。
貴腐菌は「ボトリチス・シネレア」という果実に付着してその水分を奪い,収穫を不可能にするやっかいな菌らしいのですが,それを逆手に取って,水分を吸い取り,果汁成分の濃度(糖度と酸度)を上げ,美味しいワインに仕上げることに気付いた先人の知恵はスゴイですよね。
(手元にある小泉武夫「発酵食品礼讃」文春新書を参照。)
果たしてコウジ菌は世の中に有益なのか,やっかいな存在なのか…(笑)
ブダペストのお話,ブダだけど豚(ブタ)料理が多いことに触れようかなとも思ったのですが,私が言うと,きっとさむ~い反応で終わるだろうなと控えてました(笑)。
フォロー,ありがとうございましたm(__)m
パプリカはハンガリー料理の代表選手です。
唐辛子類の派生野菜にあたるのでしょうが,赤色,黄色とその色合いも楽しめますよね。
パプリカを粉にし,香辛料として使い始めたのはハンガリー人なのだそうです。
パプリカの肉詰めやキャベツの肉詰め(ロールキャベツ)などは,日本人にも親しみ深いハンガリー料理ですよね。
スズキのソテーは,ハンガリー料理だけでなく,フランス料理などでも定番料理ですね。
魚食はハンガリーがキリスト教を取り入れ,精進日(肉断ちの日)ができたことと関わりが深いのでしょう。
ちなみに,マリア・テレジアは精進日には自室で食事をとることが多かったようです。
その真相は…自室でこっそり肉を食べてたからとか(笑)。
こういう話は面白いですよね!
投稿: コウジ菌 | 2018年9月12日 (水) 19時42分