近代日本における西洋料理の受容と和洋折衷料理の誕生 -ハントンライス(石川県金沢市)とボルガライス(福井県越前市)-
石川や福井にはボリュームたっぷりのユニークな洋食があります。
オムライスにカツをのせた金沢の「ハントンライス」と武生(たけふ)の「ボルガライス」です。
長崎の「トルコライス」(1つの皿にナポリタンスパゲティー,トンカツ,ピラフなどが盛られた洋食)とも趣向がよく似たご当地グルメです。
「ハントンライス」と「ボルガライス」,これらの料理には何か共通点があるのではないかと思い,石川県金沢市と福井県越前市を訪問しました。
石川県金沢市 ハントンライス
石川県金沢市を訪問しました。
北陸新幹線も開通し,金沢駅はとても賑わっていました。
(金沢駅・北陸新幹線「はくたか」)
金沢の食と言えば,新鮮な魚介類や加賀野菜などを使った加賀料理,日本三大菓子処としての和菓子などが有名ですが,今回御紹介するハントンライスも,知る人ぞ知るご当地グルメとして人気・知名度が上がってきています。
私は金沢市片町二丁目にある「グリルオーツカ」でハントンライスを味わいました。
同店のメニュー表にハントンライスの名前の由来が説明されていました。
「ハントン」の「ハン」が「ハンガリー」を,「トン」がフランス語で「マグロ」を表しているようです。
ではハンガリーの料理かと言われれば,そうではないようで,長崎のトルコライスと同様,イメージが先行したネーミングの料理のようです。
(ハントンライス)
これがハントンライスです。
ケチャップライスを玉子で包んだ,いわゆるオムライスに,マグロのフライと海老フライがのせられ,その上からケチャップと自家製タルタルソースがかけられた料理です。
(ハントンライス(拡大))
マグロのフライを中心にした,ハントンライスの拡大写真です。
一般的なオムライスのようにケチャップだけでなく,タルタルソースもかかっているのがポイントで,このあっさりと酸味の効いたタルタルソースがフライとよく合いました。
こちらのお店には,このハントンライスのほかにも,タンバル(皿)で調理された「ドリア風タンバルライス」や,ピラフにホワイトソースがかけられた「ギリシャ風エビピラフ」など,興味を引くネーミングの料理が用意されています。
福井県越前市 ボルガライス
金沢駅から特急しらさぎ号に乗って,福井県越前市の武生(たけふ)を訪問しました。
(金沢駅・特急「しらさぎ」)
ボルガライスは,地元武生の人々に愛され続けているご当地料理で,近年はボルガライスによる町おこしイベントも行われています。
私は武生駅から歩いて,越前市新保にある「カフェド伊万里」を訪問しました。
お店の入口で,漫画家の池上遼一さんが描かれたボルガライスのポスターを見つけました。
(ボルガライスポスター)
「武生に来たらボルガライス」。カッコイイですね。
こちらのお店は池上遼一さんの妹さんが経営されており,ポスターのほかにも,池上遼一さんをはじめとするいろんな漫画家の絵がたくさん飾られていました。
注文を終え,店内の絵などを鑑賞していると,熱々のボルガライスが運ばれてきました。
(ボルガライス)
オムライスの上にトンカツがのせられ,デミグラスソースがたっぷりかけられています。
ボリューム満点ですね。
(ボルガライス(拡大))
中のケチャップライスには,玉ねぎ,ピーマン,ベーコン,マッシュルームなどの具が入っています。
オムライスとトンカツを同時に味わう幸せを感じました。
金沢のハントンライスと同様,なぜボルガライスと呼ばれるのか気になるところですが,店内にボルガライスの説明書きが掲示されていました。
(ボルガライス説明文)
日本ボルガラー協会のボルガチョフ会長(笑)が説明されています。
ボルガライスの名前の由来には,
【ロシア説】ロシアにある「ボルガ」というたまご料理から
【イタリア説】イタリアにあるボルガーナ地方の料理に似ているから
【ボルガ川説】ロシアのボルガ川流域でよく似た料理を見た
【車名説】旧ソ連の車「ボルガ」から名前をとった
【店名説】昔,「ボルガ」という名前の店があり,その店が開発した
と諸説あり,その真相はわからないようです。
ボルガライスの名前の由来ははっきりしませんが,今では広島とのつながりがあることは確かです。
お好みソースで有名な広島の食品会社「オタフクソース」が,日本ボルガラー協会公認の「ボルガライスソース」を製造されているのです。
トンカツやフライ単品にもよく合うソースだと思います。
近代日本における西洋料理の受容と和洋折衷料理の誕生
金沢のハントンライスや武生のボルガライスは,いずれもオムライスの上にフライやトンカツがのせられ,洋風のソースがかけられた料理です。
このほかにも,石川には「金沢カレー」(トンカツと千切キャベツがのせられたカレー),福井には「ソースカツ丼」(洋風ソース・ウスターソースに浸したトンカツがのせられた丼)といったご当地洋食もあります。
(金沢カレー(ゴーゴーカレー・レトルト))
こうした料理が誕生した理由について,近代日本の西洋料理・洋食の歴史から考えてみたいと思います。
明治以降,それまで馴染みのなかった西洋料理を広く庶民に普及させるため,西洋料理を日本人の味覚に合う和食に近づける努力・工夫がなされました。
その際,日本人は「米(ごはん)」を主食としていることを前提に,西洋料理を米飯の味に合わせることが絶対条件となりました。
この絶対条件をクリアするため,米飯とトンカツ・コロッケ・エビフライなどのフライ(揚げ物)の組み合わせや,洋風の米飯料理(カレーライス・ハヤシライス・チキンライス・オムライスなど)が考案されたのです。
具体的には,
(1)トンカツなどのフライ(揚げ物)に,ごはん,みそ汁(豚汁),漬物,キャベツの千切りなどを組み合わせ,従来の定食スタイルに仕上げる
(2)フライや洋風のソース・ルーをごはんにのせて従来の丼スタイルに仕上げる
(3)米飯にソースやケチャップなどの洋風調味料をかけたり混ぜたりすることで,従来の混ぜごはん・炊き込みごはんスタイルに仕上げる
といった試みがなされました。
さらに,フライをあらかじめ適当な大きさに切っておき,ナイフやフォークを使わなくても箸やスプーンで容易に食べることができるような工夫もなされました。
こうして西洋料理は徐々に「洋食」として日本人に受け入れられるようになったのです。
前置きが少し長くなりましたが,こうした話を踏まえた上で今回御紹介したハントンライス,ボルガライス,金沢カレー,ソースカツ丼などの料理を振り返ると,これらの料理も日本人に洋食として受け入れられる過程で生まれたご当地オリジナル洋食であることが理解できます。
明治以降の日本の西洋料理・洋食の歴史は,試行錯誤の連続でした。
昔の婦人雑誌・料理雑誌などには,「味噌・鰹節サンドイッチ」,「西洋ずし(トマトケチャップで色付けした寿司飯)」,「マカロニーライス(ケチャップライスの上にマカロニの入ったトマトシチューもどきのソースをかけた洋風ご飯)」など,実に様々な和洋折衷料理が紹介されており,西洋料理の受け入れに力が注がれていた様子が伺えます。
現代人からみると,ちょっと変わった料理もあると思いますが,こうした様々な和洋折衷料理の中で大勢の人から支持を得た料理が,今回御紹介したようなご当地オリジナル洋食となり,地元の人々に愛され続けていると言えるのです。
<関連リンク>
「武生に来たらボルガライス」(日本ボルガラー協会)
<関連記事>
「福井のソースカツ丼と越前おろしそば」(福井のソースカツ丼)
「「アパ社長カレーショップ」1号店が広島にオープンした理由 -テストマーケティングからの考察-」(金沢カレー)
<参考文献>
石毛直道監修・杉田浩一責任編集「講座 食の文化 第三巻 調理と食べもの」味の素 食の文化センター
岡田 哲「明治洋食事始め とんかつの誕生」講談社学術文庫
魚柄仁之助「台所に終戦はなかった 戦前・戦後をつなぐ日本食」青弓社
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