岩手県大槌町の鹿肉(ジビエ事業と鳥獣被害対策・東日本大震災の影響について)-鹿の焼肉・ベニソンステーキ-
「ジビエ(狩猟で捕獲した野生鳥獣の肉)」という言葉は,今やすっかり定着し,フランス料理店や郷土料理店をはじめ様々な飲食店のメニューで見られるようになりました。
今回はジビエの1つとして,岩手県上閉伊郡大槌町(かみへいぐんおおつちちょう)から取り寄せた鹿肉とその料理を御紹介したいと思います。
併せて,同町でジビエ事業や鳥獣被害対策に取り組まれている猟師・兼澤幸男(かねさわ ゆきお)さんから学んだ東北での狩猟(東日本大震災の影響を受けた狩猟)についても御紹介したいと思います。
岩手県大槌町の鹿肉
岩手県大槌町は三陸海岸沿い,三陸復興国立公園のほぼ中央に位置する町です。
(岩手県大槌町の位置)
(MOMIJI株式会社「MOMIJIの鹿肉」紹介資料の一部を引用)
大槌湾に浮かぶ「蓬莱(ほうらい)島」は,NHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルになった島と言われています。
※広島県尾道市と愛媛県今治市の県境にある「瓢箪(ひょうたん)島」も「ひょっこりひょうたん島」のモデルになった島と言われています。
この町で猟師として活躍され,ジビエ事業を展開されている兼澤幸男さんから,2022年12月中旬に鹿肉を送っていただきました。
(鹿肉(冷凍真空パック))
鹿肉は,このように冷凍真空パックで送られてきました。
(鹿肉(ラベル))
ラベルを見ると,メス鹿のモモ肉で,和牛のように個体番号もあり,「放射性物質検査結果は基準値以内」であることが記載されています。
リアルな内容なので,「ちょっとかわいそう」,「生き物の命をいただくのか」,「どんな味なんだろう」と,様々な気持ちが入り交じりました。
鹿肉について理解を深める
ジビエ料理や山間部の道の駅・産直市などで時々お目にかかる鹿肉ですが,一般的にはまだまだ知られていないことも多いのが現状です。
今回,オンラインで猟師の兼澤幸男さんからたくさんの興味深いお話を伺うことが出来ました。
そのお話をいくつか御紹介したいと思います。
【狩猟免許】
狩猟免許には銃猟免許(散弾銃・ライフル銃,空気銃),わな猟免許,網猟免許がある。
ライフル銃を扱うには10年の経験と信頼が必要となる。
【狩猟の対象となる鹿】
メスは4歳まで,オスは3歳までの鹿を狙う。
加齢とともに肉が硬く,臭くなるため。
【狩猟の服装】
他のハンターに知らせるため,オレンジ色の服を着用する。
鹿の目にはオレンジ色の見分けがつかない。
帽子のつばの動きで鹿に察知されないよう,帽子は後ろ向きにかぶる。
鹿は色よりも,音や動きに警戒する。
【鹿の繫殖】
メス鹿は1年に1頭子鹿を生むため,1年で頭数が倍に増える。
【鹿肉の呼び名】
鹿肉は別名「もみじ」と呼ばれる。
【狩猟時期】
狩猟期を11月から3月,有害鳥獣駆除期を4月から10月に設定している。
【狩猟方法】
約500m先の鹿を見つけて,約200mぐらいまで近寄って発砲する。
野生動物は警戒心が強いので,「だるまさんがころんだ」の感じで徐々に近づいていく。
暴れると体温が上がって肉質が悪くなるため,即死する頭か首のみを狙って撃つ。
【血抜き】
鹿を捕獲して心臓が動いている間に首を切り,ポンプ運動を利用して素早く放血する。
血抜きにより肉の臭みが抑えられる。
【解体】
鹿を吊り下げ,食道と肛門に(中身が出ないよう)結束バンドをして,小型ナイフで皮を剥ぐ。
その後,内臓(体重の約3分の1の重さ)を取り出し,ヒレ・肩・ロース・アバラ・モモと肉を切り出す。
【鹿の角と皮】
オス鹿は角の枝分かれの本数で年齢がわかる。
鹿の角や皮は,アクセサリーやタペストリーにする。
東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故と野生鳥獣
2011年3月11日に起きた東日本大震災は,東日本各地に甚大な被害をもたらしました。
この地震に伴う東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故により,福島県内をはじめ各地に放射性物質が放出される結果となりました。
その後,時間が経過し,除染作業が進められたことにより,現在では一部の地域を除いて放射線量は事故前のレベルにまで下がり,大気中に放射性物質はほとんど検出されなくなっています。
田や畑などの土壌も,土そのものの入れ替えや高圧洗浄機により除染が進められました。
しかしその一方で,なかなか放射性物質の除染が進められない場所もあります。
山です。
山の放射性物質の除染は難しいため,山に住む野生鳥獣の多くは未だに出荷が規制されている状況なのです。
岩手県大槌町の山で捕獲した鹿も例外ではなく,農作物被害対策として捕獲した鹿は,廃棄物処理場へ持って行って処分するしか方法がありませんでした。
そんな状況を打開しようと立ち上がったのが,兼澤幸男さんです。
野生鳥獣による農作物被害を減らし,食肉として流通させるジビエ事業を推進することを目標に,行政に規制解除を働きかけられました。
やがて背水の陣で臨んだ取組みが功を奏し,岩手県初の規制解除を受けることができました。
こうした苦労の甲斐があって,大槌町での鹿肉の販売が可能となったのです。
ちなみに,大槌町で獲れた鹿が放射性物質の基準値を超えたことは一度もないそうです。
消費者から信頼を得るため,念には念を入れ,国のガイドライン以上に厳しい基準で鹿肉を出荷されているとのお話でした。
ここまでの御苦労があるとは,知らなかっただけに衝撃的なお話でした。
鹿肉のスライスと焼肉
鹿肉についての理解を深めたところで,鹿肉をいただいてみることにします。
届いた鹿肉は冷凍でカチコチの状態だったので,冷蔵庫で一晩解凍しました。
その解凍した鹿肉を薄くスライスしてみました。
(鹿肉(スライス))
冷凍された状態では黒ずんでいましたが,解凍してスライスするときれいな赤身の肉となりました。
このスライスした肉をフライパンで焼いてみました。
(鹿肉の焼肉)
同じ赤身の牛肉とよく似た焼き色となりました。
軽く塩を振っていただきました。
野生の獣肉特有の臭みやクセがほとんどなく,やわらかくて,ほどよい弾力のある肉でした。
身近な肉で例えると,風味や食感は牛肉のモモ肉に近いと思いました。
ベニソンステーキ
「ベニソン(Venison)」は,鹿肉のことです。
牛肉に近い風味・食感なので,おすすめの料理もステーキ,ロースト,スペアリブ,しゃぶしゃぶ,コンフィ,カツ,ハヤシライスなど牛肉料理がベースとなっています。
私はかたまりの鹿肉を生かし,鹿肉そのものの美味しさを味わえ,兼澤さんからも一番のおすすめと伺ったステーキでいただくことにしました。
解凍した鹿肉を冷蔵庫から取り出し,さらに1時間ぐらい置いて常温に戻します。
(ステーキは肉を常温に戻しておくことが一番のポイントです。)
フライパンに油をひき,中火で鹿肉のかたまりを焼きます。
(鹿肉をフライパンで焼く様子)
フライパンにふたをして,中まで熱を通します。
片面をしっかり焼いた後,残りの側面も焼き色が付くまで焼き,塩こしょうで調味すれば完成です。
中がどんな状態になっているか,恐る恐る肉をカットしました。
(ベニソンステーキ)
中心まで火が通ってほんのりピンク色の,なかなかいい具合のステーキに仕上がりました。
食べてみると,臭みがなく牛肉のような味わいでした。
肉質がきめ細やかでやわらかく,ジューシーなので,食べることにストレスを感じません。
また,脂肪分が少ない赤身の肉なので,ヘルシーです。
ほかの人に鹿肉だと伝えずにお出ししたら,牛のモモかヒレのステーキだと思われることでしょう。
レストランなどでジビエ料理として自信を持って提供できるレベルの肉だと思いました。
まとめ
野生鹿の捕獲は,鳥獣被害対策(農作物被害の減少)だけでなく,ジビエ事業を通じて地域の活性化にもつながることが理解出来ました。
岩手県大槌町で「MOMIJI(もみじ)」という会社を立ち上げ,鹿肉などの販売も手掛けておられる兼澤さんから,オンラインでたくさんの興味深いお話を伺うことが出来ました。
最後の質問コーナーで,私から兼澤さんに1つ質問をさせていただきました。
質問内容は,「ジビエ用に捕獲される鹿は年齢などで対象を限定されていますが,鳥獣被害対策として,対象を限定せずに野生鳥獣を捕獲する活動も継続されているのでしょうか」というものです。
すると兼澤さんから「ジビエ用の捕獲とは別に,引き続き鳥獣被害対策にも取り組んでいます」という回答をいただきました。
兼澤さんへお礼を申し上げ,最後に「いつか岩手・大槌町へ伺ってみたいです。そして広島へもぜひお越しください。広島県の木・花は『もみじ』で,『もみじ饅頭』もたくさん御用意してお待ちしております(笑)」とお話しし,お互い爆笑でお開きとなりました。
<関連サイト>
「MOMIJI株式会社」(岩手県上閉伊郡大槌町安渡1-3-20)
「大槌ジビエソーシャルプロジェクト」(「ソーシャル・ネイチャー・ワークス」岩⼿県上閉伊郡大槌町新港町2番)
<参考文献>
「東北食べる通信」(2020年9月号「鹿肉」・NPO法人 東北開墾)
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