新潟の食文化探訪5 -日本のイタリア料理史・「イタリアン」と呼ばれる料理・新潟の「イタリアン」-
「イタリアンを食べに行こう!」と聞けば,皆様は何を想像されるでしょうか。
私はイタリア料理店のイタリア料理,パスタやピザなどが思い浮かぶのですが,全国ではもっと幅広く,麺料理の愛称として用いられている事例があります。
今回はこの「イタリアン」と呼ばれる料理について,新潟の「イタリアン」を中心に御紹介したいと思います。
長崎と新潟から展開する日本のパスタの歴史
日本で最初にパスタが食べられたのは幕末で,横浜外国人居留地にいた外国人向けだったようです。
そして日本で初めてパスタ(マカロニ)を製造した人物が,長崎に住んでいたフランス人神父「マルク・マリー・ド・ロ」です。
このド・ロ神父が,明治16(1883)年頃,長崎市外海町にマカロニ工場を建て,製造したのが始まりとされています。
ド・ロ神父と言えば,長崎で社会福祉活動に尽力された人物という印象が強いですが,長崎の人々にマカロニ・素麺・パンなどの製造技術を伝えるなど,食文化の分野でも大きく尽力されています。
(フランス人でありながら,イタリアのマカロニや中国・日本の素麺の製造技術を知っていたとはスーパースターです)
ちなみに,現在でも「サンフリード」(長崎県長崎市)から「ド・ロさまそうめん」や「長崎スパゲッチー」といったド・ロ神父にちなんだ麺食材が販売されています。
その後,大正時代になると,新潟県加茂町(現在の加茂市)の製麵業者が日本人として初めてパスタ(マカロニ・「穴あきうどん」)製造機の開発に成功し,以降,パスタ(マカロニ)は徐々に全国展開していきました。
その後,戦後のアメリカ進駐軍によるスパゲティの紹介と小麦粉の配給,喫茶店やファミリーレストランを通じたスパゲティ(パスタ)の浸透,イタリア料理店(イタリアン)の増加,1990年代の「イタめし」ブームなどを経て,パスタはすっかり日本の国民食としての地位を築き上げ,現在に至っています。
新潟とイタリア料理の関係
新潟市中心部・西堀通沿いに新潟を代表する老舗ホテル「ホテル イタリア軒」があります。
(ホテル イタリア軒)
このホテルは,「日本で初めてイタリア人が開いたレストラン」,そして「日本で初めてミートソースを提供したレストラン」として知られています。
(イタリア軒の看板)
先程御紹介した「新潟県加茂町の製麵業者が日本人として初めてパスタ製造機の開発に成功した」お話も含めると,新潟は日本のイタリア料理やイタリアの食文化をリードしてきた地域だと言えます。
大阪・名古屋の「イタリアン」
日本でイタリア料理が浸透してくるにつれ,様々なイタリア料理が登場することになりました。
そしてイタリア本国には存在しない,日本独特の「イタリア料理」も生み出されることとなります。
そんな料理の1つが「イタリアン」です。
「イタリアン」と言えば,一般的には「イタリア料理(店)」を意味しますが,特定の麺料理をそのイメージから「イタリアン」と呼ぶ地域もあります。
有名なのが,大阪を中心とした西日本で「ナポリタン(スパゲティ)」のことを「イタリアン」と呼ばれている事例です。
(大阪のイタリアン(ナニワめし暮らし))
(はたのさとし「ナニワ飯暮らし 2」第10話の一部を加工・引用)
ナポリタン(スパゲティ)は,玉ねぎ,ピーマン,ソーセージ,マッシュルームなどを炒め,トマトケチャップで味付けし,それをスパゲティに絡めて炒めた麺料理です。
(大阪のイタリアン紹介(ナニワめし暮らし))
(はたのさとし「ナニワ飯暮らし 2」双葉社の一部を加工・引用)
「大阪やとこれナポリタン言わんとイタリアンっていうんやね」
「ケチャップの味がなんか懐かしいて めっちゃ好きやわぁ」
もう1例御紹介します。
(名古屋の「イタリアン」(おおきに!喫茶メモリーズ))
(治島カロ「おおきに!喫茶メモリーズ」少年画報社の一部を加工・引用)
「ケチャップ味で炒めたスパゲッティをなんでか大阪では『イタリアン』言うんですわ」
「地域名称ですな」
「名古屋やと『鉄板で出すから板リアン』とかいう説もあるらしいですけども」
名古屋では卵焼きの上にケチャップのスパゲティを乗せ,鉄板で出されるのが「イタリアン」だと紹介されています。
(大阪のイタリアン(おおきに!喫茶メモリーズ))
(治島カロ「おおきに!喫茶メモリーズ」少年画報社の一部を加工・引用)
こちらは大阪の「イタリアン」の紹介です。
「甘くケチャップのきいた赤い麺に」
「ベーコンとマッシュルームがたっぷり」
「時々たまねぎがシャリッとして」
「ピーマンの緑が良く映える」
ちなみに,私の住む広島では「ナポリタン」という名称が一般的です。
スパゲティ「ナポリタン(イタリアン)」は,「ドリア」や「プリンアラモード」とともに,神奈川県横浜市の老舗ホテル「ホテルニューグランド」が発祥とされています。
ではなぜ「イタリアン」と呼ばれる地域があるのか,はっきりしたことはわかりませんが,料理がイタリアのイメージに当てはまることから「イタリアン」と呼ばれるようになったとか,関東の「ナポリタン」への対抗意識で「イタリアン」と呼ばれるようになったといった理由が考えられます。
新潟の「イタリアン」
「イタリアン」と呼ばれる麵料理は新潟にも存在します。
ただ,新潟の「イタリアン」は,「ナポリタン」や大阪・名古屋の「イタリアン」とは全く異なる独自の麺料理です。
その大きな特徴は,麺が焼きそばであること,そして仕上げにミートソースを中心としたソースがかけられることです。
新潟県民・新潟県出身者にとっての「イタリアン」は,イタリア料理(店)ではなく,新潟オリジナルの麺料理「イタリアン」なのです。
それでは新潟県の代表的な2店舗の「イタリアン」を御紹介します。
新潟市「みかづき」のイタリアン
新潟市中心部の「万代シティ」へやってきました。
(万代シティ)
グルメ,ショッピング,イベントなどが楽しめる複合商業施設で,バスセンターを有する交通拠点でもあります。
(万代シティPRキャラクター「ばんにゃい」)
「ばんにゃい」がドーナツを食べてます。かわいいな。
施設内には「バスセンターのカレー」,「イタリアン」,「おにぎり」など新潟の名物料理を提供されているお店があります。
その店舗の1つ,新潟市を中心に展開されている「イタリアン」のお店「みかづき」を訪問しました。
(「みかづき」万代店(照明なし))
開店前から並び…
(「みかづき」万代店(照明あり))
照明が付いて開店しました(笑)
(「みかづき」メニュー看板)
メニューを見ると,定番のミートソース以外にも,ホワイトソースやカレーソースなど多彩な「イタリアン」が用意されています。
210円プラスでフライドポテトとドリンクが付くお得な「ポテトセット」も用意されています。
定番の「イタリアン」を注文しました。
注文を受けてから調理されるため,番号札を持ってテーブルでしばらく待ちました。
そして待望の「イタリアン」が出来上がりました。
(イタリアン(みかづき))
これが新潟の「イタリアン」です。
焼きそばの応用料理ですが,ミートソースがかかったスパゲティ風なので「イタリアン」と呼ばれています。
白生姜(生姜の酢漬け)が添えられるのも,こちらのお店の特徴です。
(イタリアンの麺(みかづき))
もちもちとした弾力のある太麺の焼きそばです。
具はキャベツともやしです。
ミートソースにはコーンが入っています。
これをフォークで食べるのも「イタリアン」のイメージによるものです。
ミートソースが加わるため,焼きそばのソースはやや控えめに味付けされています。
確かに,焼きそば単品でいただくよりも,ミートソースを添えていただく方が多彩な味と濃厚な旨味を楽しめ,より美味しくいただけました。
長岡市「フレンド」のイタリアン
続いて新潟駅から信越本線に乗り,長岡駅へ向かいました。
(新潟駅ホーム・E129系・信越本線・長岡行)
あえて普通列車に乗り,新潟の景色を楽しみながら移動しました。
約1時間10分かけて長岡駅に到着しました。
(長岡駅ホーム・駅名標とE129系(信越本線))
長岡駅に併設する「CoCoLo長岡」の1階にあるお店「フレンド」を訪問しました。
(「フレンド」CoCoLo長岡店)
「みかづき」と同様,新潟の「イタリアン」を提供する代表的なお店です。
メニューには,定番の「イタリアン」のほか,ハンバーグをトッピングした「ハンバーグイタリアン」や「カレーイタリアン」,「オムレツイタリアン」などがありました。
ハンバーグ(ドイツ),カレー(インド),オムレツ(フランス)などのメニューは,イタリアを超えた創作メニューとなっています。
さらに,ギョウザ(中国)とセットでいただくのが地元流のようです。
何と多国籍な(笑)
定番の「イタリアン」を注文しました。
(イタリアン(フレンド))
こちらが「フレンド」の「イタリアン」です。
焼きそばを炒め,ミートソースがかけられています。
(イタリアンの麺(フレンド))
麺はもちもちとした弾力のある太麺です。
具はキャベツ,もやし,コーンです。
ミートソースには挽き肉がたっぷり入っています。
こちらのお店はフォークではなく,箸でいただくスタイルです。
焼きそばとミートソーススパゲティを一緒にいただいているような,すごく得した気分になれる美味しい麺料理でした。
まとめ
最後に,これまで御紹介した日本のイタリア料理史や「イタリアン」の事例から,新潟のイタリア料理と「イタリアン」についてまとめてみたいと思います。
新潟は,日本で初めて日本人によるパスタ(マカロニ・「穴あきうどん」)製造機の開発に成功したり,日本で初めてイタリア人によるレストランが開業される(「イタリア軒」)など,早い時期からイタリア料理を日本に広め,普及させた地域です。
その分,新潟の人々は昔からイタリア料理の存在を知り,意識してきたと言えるでしょう。
ただ多くの人々にとって,イタリア料理に憧れは抱きつつも,レストランでイタリア料理を食べるのは高嶺の花だったのではないでしょうか。
そこで登場したのが新潟の「イタリアン」です。
既に流行していた「ナポリタン(イタリアン)」への対抗意識もあってスパゲティではなく焼きそばを使い,新潟の老舗「イタリア軒」のメニューと同様にミートソースやカレーをかけることでイタリア料理の雰囲気を出し,フライドポテト・ドリンク・ギョウザなどをセットに「ファストフード」として提供することで,より身近な食事・おやつとしたのが新潟の「イタリアン」なのです。
新潟・大阪・名古屋と,それぞれ独自に「イタリアン」と呼びながらも,どこか真面目に「ナポリタン」の流儀(麺をケチャップやトマトソースで味付け,小判形(楕円形)のお皿で提供など)を守っているというのも面白いところです。
「ナポリタン(イタリアン)」は今も昔も人気の高い料理で,だからこそ新潟の「イタリアン」をはじめ,長崎の「トルコライス」,岩手・花巻の「ナポリカツ」など様々な創作料理も生まれ,地元飯として愛され続けているのでしょう。
新潟,そして日本各地の「イタリアン」は,イタリア料理への敬意と親しみを込めた愛称だと思います。
今後は,新潟とイタリア,新潟と米のつながりから,新潟の美味しいお米を使った「リゾット」(イタリア料理)の新メニュー・ご当地グルメの開発も面白いかも知れませんね。
(長岡駅ホーム・上越新幹線)
1泊2日,実質1日の短い訪問でしたが,新潟の数多くの食文化を学び,味わうことが出来ました。
<関連サイト>
「サンフリード」(長崎県長崎市田中町584-1)
「イタリア軒」(新潟市中央区西堀通七番町1574)
「ホテルニューグランド」(神奈川県横浜市中区山下町10番地)
「万代シティ」(新潟市中央区万代1-6-1)
「みかづき」(「万代店」新潟市中央区万代一丁目6-1 バスセンタービル2F ほか)
「フレンド」(「CoCoLo長岡店」新潟県長岡市城内町1-611-1 ほか)
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<参考文献>
池上俊一「パスタでたどるイタリア史」岩波ジュニア新書
日本パスタ協会「パスタの歴史」
新潟日報教育モア「知ってた?新潟県内の「日本初」意外と身近にいっぱい!」
はたのさとし「ナニワ飯暮らし2 第10話「ふたりをつなぐ「鉄板イタリアン」」双葉社
治島カロ「おおきに!喫茶メモリーズ」少年画報社
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