フードテックの世界 -培養肉と食用コオロギ(コオロギせんべい・コオロギチョコ)-
広島バイオテクノロジー協議会が主催する「令和4年度 広島バイオフォーラム」(令和4年7月28日)に参加しました。
今回のテーマは「機能性食品とフードテック」で,食の最先端の世界が紹介されました。
「フードテック」は「フード」と「テクノロジー」を掛け合わせた造語で,最先端の技術を活用し,イノベーションによって食の可能性を広げる取組みのことです。
今回は,この広島バイオフォーラムで学んだフードテックの世界と,それに関連する食を御紹介したいと思います。
「日本初!食べられる培養肉の作製」
日本を含む世界中で「SDGs(エスディージーズ):持続可能な開発目標」に取り組まれている中,食肉の世界においても,その生産に伴う環境負荷や将来の世界的な人口爆発に伴う食糧難への懸念,菜食主義者(ヴィーガン・ベジタリアン)の増加などを受けて変化の兆しがみられます。
具体的には,大豆ミートに代表される「プラントベースフード(植物由来食品)」,昆虫食をはじめとした「代替タンパク質」,食べられる「培養肉」などの研究が進められています。
日本でもこうした分野の研究が進められており,このうち「培養肉」の分野では,東京大学と日清食品がトップランナーとなって研究されています。
今回のフォーラムでは,東京大学大学院情報理工学系研究科特任助教の島 亜依さんから「培養肉」の研究成果について御報告いただきました。
【主な講演内容】
○世界人口の増加に伴い食肉需要が増え続ける見込みの中,現行の畜産を拡大させることには限界があり,近い将来,食肉の需要が供給を上回る事態となる可能性がある。
○そうした事態の解決策の1つとして,家畜から採取した筋肉の細胞を培養液の中で増やし,その増やした細胞を使って食肉を作る試みがある。
○食肉の世界は,「狩猟」(食肉1.0)→「畜産」(食肉2.0)→「培養肉」(食肉3.0)へと進んでいくだろう。
○培養肉には,①食糧難を解決できる,②環境負荷が少ない,③「アニマルウェルフェア」(動物愛護・動物福祉)を実現できる,④家畜伝染病などの影響を受けない,という大きな4つのメリットがある。
○オランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト博士によって開発された世界初の培養肉バーガーの値段は,約3,250万円(25万ユーロ)。
○アメリカ・イートジャスト社がシンガポールで販売認可を受けた培養肉のチキンナゲットは,1皿約2,000円。
○東京大学の研究グループでは「培養ミンチ肉」の作製から,次のステップとなる筋繊維が同じ方向に並んだ「培養ステーキ肉」の作製に取り組んでいる。
○「培養ステーキ肉」は,動物の筋肉構造と同じく,組織の両端を固定して細胞を一方向に並べることで肉の食感を出すことを目標としている。
○培養肉を作るだけでなく,実際に人間が食べられる肉にすることが求められるが,このハードルが高い。
現在,食肉を安定的に確保する主な手段は「畜産」ですが,これがいずれ「培養肉」にシフトする可能性もあるというお話は衝撃的でした。
フォーラムには,畜産(行政)に携わっている方も多く参加されていたので,私と同じような感想を持たれた方も多かったのではないかと思います。
また,培養液の中で筋肉細胞を増殖させるだけでなく,その細胞を一方向に並べて筋繊維を作り,肉の食感をも本物に近づけるという画期的な取組みも興味深く,培養肉の分野が現実の世界にどんどん近づいているように感じました。
「循環型食品としての食用コオロギの可能性」
続いて,株式会社グリラスの代表取締役社長・徳島大学バイオイノベーション研究所講師の渡邉崇人さんから,代替タンパク質としての食用コオロギの研究成果について御報告いただきました。
【主な講演内容】
○今後,世界人口の増加に伴い,動物性タンパク質の不足が深刻となる事態「タンパク質クライシス」が到来すると言われている。
○環境負荷の低い新たな次世代タンパク源として「フタホシコオロギ」に注目し,研究開発を進めている。
○食品残渣(残った食品・廃棄する食品)を利用してコオロギを飼育する技術開発にも取り組み,食料を循環生産するための研究も進めている。
○コオロギは飼いやすく,成長が早く,食性(食べるもの)が広い。このような特性を持つ昆虫は,コオロギとミールワーム類しかいない。
○コオロギはエビやカニと同様に,足がとれてもまた生える(再生芽)特徴があり,人にも応用できないか研究が進められている。
○コオロギの食味の改善,甲殻類アレルギーの除去,巨大化・家畜化などをゲノム編集技術レベルで進めている。
○世界でも昆虫食マーケットは拡大傾向にある。
○昆虫食の課題は,①嫌悪感,②健康不安(アレルギー),③味への不安をどうクリアさせるか。
○食品工場に昆虫(コオロギ)を持ち込むこと自体に拒否反応を示す会社も多い。
○食品工場での障壁は,①心理的な嫌悪感,②既存商品への影響,③アレルギー表示の問題
○一方で,無印良品,Pasco(パスコ),UHA味覚糖,ロッテ,日清食品,ZIPAIR(ジップエア),ファミリーマートなど昆虫食導入に前向き・協力的な会社も出てきている。
○食用コオロギが当たり前の食材になることを願っている。
食品工場や調理現場で虫が発生すれば大きな問題となりますが,食用コオロギを使った食品製造においても,それが食品メーカーに同様の話として扱われる(消費者に同様のイメージを持たれる)ことをどうクリアさせるかが大きな課題と言えそうです。
コオロギせんべい
株式会社良品計画と株式会社グリラスが共同開発された,コオロギの粉末を使ったお菓子を2つ御紹介します。
1つ目は「コオロギせんべい」です。
(コオロギせんべい(無印良品・包装))
包装には,
「これからの地球のことを考えて,コオロギのパウダー入りせんべいを作りました」
「エビのような香ばしい風味が特長です」
と紹介されています。
ミニサイズのえびせんべいのようなお菓子です。
当初は取扱店舗が限定されていましたが,徐々に取扱店舗が拡大されています。
(コオロギせんべい(無印良品))
一口サイズで,コオロギの粉末がたっぷりとかけられています。
臭みはなく,細かい粉末にされているので(コオロギの殻の)ジャリジャリ感もありません。
馬鈴薯でんぷんが主原料なので,パリパリでとても軽い食感のせんべいです。
シンプルな塩味で,クセがないのでいくらでも食べられます。
「コオロギせんべい」と表記されてなければ,コオロギ粉末入りだと意識されることもないでしょう。
コオロギチョコ
続いては「コオロギチョコ」です。
(コオロギチョコ(無印良品・包装))
無印良品店舗の一角に,コオロギせんべいと一緒にどっさりと販売されていました。
包装には,
「コオロギパウダーを入れたチョコレートバーです」
「高たんぱくに仕上げました」
と説明されています。
確かに,食材にコオロギの粉末を混ぜることにより,たんぱく質の含有量が高められるというメリットがあります。
(コオロギチョコ(無印良品))
ずっしりとした重さがあり,チョコレートとオレンジの甘い香りがしました。
いただいてみると,コオロギせんべいと同様,コオロギ粉末が入っているという違和感が全くなく,美味しいチョコレートバーでした。
ずっしりとしているので「カロリーが高いのでは」と栄養成分表示を確認してみると,1本あたり平均184キロカロリーで意外と低いことがわかりました。
その理由は,サクサクの大豆パフにあるようです。
チョコレートとオレンジの相性は抜群ですが,それにコオロギ粉末と大豆パフを加え,美味しくて食べやすいチョコレートバーに仕上げられています。
まとめ
無印良品のお菓子をいただき,日本でも身近なおやつとして昆虫食が食べられる時代になったことを実感しました。
培養肉の分野も昆虫食の分野も「SDGs」にそった取組みですが,今後は「物珍しさではなく,より身近で一般的な,美味しい食品として受け入れられる環境づくり・仕組みづくり」が求められると思います。
いくら環境への負荷が少なく,高たんぱく質であることを売りにしても,美味しさが伴わなければリピートされにくいからです。
日本でも,精肉店に培養肉が並び,食事店のメニューに当たり前のようにコオロギ料理(昆虫料理)がある時代が,意外と早く到来するかも知れませんね。
<関連サイト>
「広島バイオテクノロジー推進協議会」(事務局:広島県農林水産局農業技術課)
「培養ステーキ肉」(東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻)
「株式会社グリラス」(徳島県鳴門市撫養町黒崎字松島45-56)
「徳島大学バイオイノベーション研究所」(徳島県名西郡石井町石井字石井2272-2)
「コオロギが地球を救う?」(無印良品)
「Pasco コオロギカフェ」(Pasco)
<関連記事>
「昆虫食の研究6 -コオロギラーメン-」
「カンボジア料理の特徴と主な料理9 -コンポントム市場をめぐる(前編) 野菜・果物・炒り米・昆虫食-」
<参考文献>
テキスト「令和4年度 広島バイオフォーラム」広島バイオテクノロジー協議会
石川伸一「「食」の未来で何が起きているのか 「フードテックのすごい世界」」青春新書
「料理王国 2020年12月号」ジャパン・フード&リカー・アライアンス
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カップヌードルの謎肉の正体は、肉と大豆のハイブリッドミートだそうですが、そのうち培養肉に切り替わるのでしょうか^^
しかし・・・
欧米人の倫理観というのは、ある意味分かり易いですね^o^
さんざん鯨油を絞っておいて、石油が出たら捕鯨はケシカラン(`_´)ゞ
でも牛や羊は神様からの贈り物だからいーの( ◠‿◠ )
と、言っておきながら培養肉ができたら、牛を殺して食べるなんて野蛮だ(*⁰▿⁰*)
と、言い出しそうですね( ´∀`)
コオロギとイナゴは味が違うのでしょうか?
投稿: なーまん | 2022年9月18日 (日) 16時32分
春日部にコオロギ粉を使ったお菓子なんかを販売しているKEYVAというお店があるらしいです。
実店舗はなく、オンラインショップだけみたいですが、今「BASE」の店舗を見たら、なんとレモンケーキが…!
もちろんコオロギ粉使用です。
実店舗があれば買ってもいいかなーと思いますが、お取り寄せしてまではどうかな~…(^^;)
コオロギは粉にしてしまえば食べることに抵抗を感じることもなさそうだし、今後どんどん増えるかもしれないですね。
投稿: chibiaya | 2022年9月18日 (日) 17時48分
なーまん 様
なーまんさん,こんばんは。
いつもコメントいただき,ありがとうございます。
カップヌードルの謎肉,話題になりましたね。
ジャガイモが混ざっているのかなと思っていましたが,大豆とのハイブリッドミートなのですね!
恥ずかしながら,初めて知りました(^^ゞ
欧米人の考えは,神とのかかわりで行動が決められるように思います。
アメリカの西部開拓時代の「マニフェスト・ディスティニー(明白な使命)」もその1つでしょう。
肉を食べるということは,直接生き物を犠牲にすることでもあるので,常に正当化させる理由が必要となるのですが,それはキリスト教であれイスラム教であれユダヤ教であれ,自分たちに身近なものかどうか,自分たちのルールに基づいているかどうかで良し悪しが決められているように思います。
そういう意味で培養肉は,新たな倫理観・価値観が求められる食べ物になるように思います。
コオロギとイナゴ,どちらも食べる際はお腹の中のものを十分出してから食べますし,丸ごとよりは粉末にしたり,濃い味付けにされることが多いので,正直なところ,大差ないように思います。
いずれ,「私はイナゴよりコオロギが好みでね」といった日常会話が交わされる日が来るのでしょうか…(^-^)
投稿: コウジ菌 | 2022年9月18日 (日) 19時22分
chibiaya 様
chibiayaさん,こんばんは。
いつもコメントいただき,ありがとうございます。
御近所にコオロギ粉末を使ったお菓子などを売っておられるお店があるんですね!
しかもレモンケーキまで!!
こうしたお店がすぐに出てくるとは,尊敬します<(_ _)>
こんな珍しいレモンケーキ,初めて知りました。
小麦粉不使用,代わりにコオロギ粉使用(笑)
グルテンフリーだけど,甲殻類アレルギーには注意みたいな(笑)
おそらくこのレモンケーキも,コオロギの味・風味は意識されないレベルだと思います。
私も近くに実店舗があれば買う感じです。(同じ市内なら,近すぎてお取り寄せするのが少しもったいない気もしますね…)
ただ,珍しいレモンケーキを求めて,いずれ通販でも買いたい気持ちになるかも(笑)
コオロギ粉をケーキ生地などに加えることで,これまで使用していた食材を減らすことができる(使わなくて済む)ぐらいのレベルになることが1つの目標だと思います。
そのために,まずは昆虫食・培養肉への心理的抵抗をなくすことからスタートなのかも知れませんね…。
投稿: コウジ菌 | 2022年9月18日 (日) 22時09分