チョコレートの新しい潮流5 -広島市植物公園・人の暮らしを支える「植物と油」展と「チョコレートの魅力」講演会-
広島市植物公園・人の暮らしを支える「植物と油」展
広島市植物公園の特別企画展として「人の暮らしを支える「植物と油」展」が開催されています。
(2024年9月14日~12月22日)
(「人の暮らしを支える「植物と油」展」チラシ)
私は、たまたま読んだ広島市の広報誌でこの特別企画展の開催を知りました。
そしてこの特別企画展で、チョコレートの専門家・佐藤清隆先生(広島大学名誉教授)による「植物からとれる油で作るお菓子の王様 チョコレートの魅力」という講演会が開催されることも知りました。
広報誌を読んだのも、講演会のことを知ったのも偶然だったのですが、これも何かの縁だと思い、講演会が開催される2024年9月29日に広島市植物公園を訪問しました。
(広島市植物公園)
広島市植物公園です。奥の建物が大温室です。
この大温室では,全国でも珍しいカカオが栽培されています。
大温室に向かって階段を上がっていくと、広島ならではの展示物がありました。
(「HIROSHIMA」と原爆ドーム模型)
原爆ドームの模型とレンガの色が一体化しています(笑)
「森のカフェ」で佐藤先生とランチ
ちょうどお昼時に植物公園に着いたので、公園内のレストラン・カフェ「森のカフェ」で昼食をいただくことにしました。
(広島市植物公園「森のカフェ」)
ログハウスのお店です。
入口の券売機でカツカレーを選び、厨房で注文しました。
(「森のカフェ」のカツカレー)
カレールーには香味野菜がたっぷり使われており、野菜の甘みとコクが感じられました。
トンカツも肉が分厚く、揚げ立てでした。
久しぶりにカツカレーをいただきましたが、改めてカツカレーの魅力や美味しさを感じました。
「誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。これこそが最高の癒しと言えるのである」と心の中でつぶやきながら、もの静かなカフェで「孤独のグルメ」を楽しんでいました。
と、その雰囲気を打ち破るように、いきなり大きな声で「おおーっ、久しぶりー!」とにこやかに私の席に近づいて来る人がいました。
佐藤清隆先生です(笑)
「来ると思ってたよ」、「少しやせたね」とおっしゃいながら、私の向かいに座られました。
こんな偶然の出会いで、佐藤先生と一緒にランチタイムを過ごしました。
私はカツカレー、佐藤先生は唐揚げ定食を食べながら、チョコレートの話で盛り上がりました。
佐藤先生から教えていただいた、最新のチョコレート事情をまとめておきます。
【最新のチョコレート事情】
・日本が大量のカカオを輸入しているアフリカ・ガーナは、干ばつと洪水の被害が深刻で、カカオにも未知のウイルス病がまん延している。
・カカオが遺伝子(DNA)レベルで被害を受けているが、生命の根源なので対処できない。
・水際対策としてカカオの木を焼いた。再び栽培してカカオの実を得ようとすると、種からだと約6年、接ぎ木からだと約3年かかる。
・こうした事態を踏まえ、インドネシアやペルーでもカカオが栽培され始めている。
・モノカルチャー(単一栽培)から熱帯雨林型栽培(原産地型栽培)へシフトする動きもある。
・シェードツリー(日陰となる木)でカカオの生育を守る動きもあるが、木と木の間に植えるので収穫量が半分になる。
・フランスはコートジボワールから、イギリスはガーナから、アメリカはエクアドルなど南米からカカオを輸入している。
・ガーナではカカオ豆の取引で十分なフェアトレードがなされてないことから、付加価値の高い半加工品(クーベルチュールなど)も製造・輸出する動きがある。
・日本がガーナ産のカカオを支持する主な理由は、①カカオ豆を発酵させた状態で提供される、②カカオ豆をガーナ政府が一旦買い上げて品質が安定している、から。
・フェアトレードと称して「市価の3倍で農園・村ごとカカオを買う」と商談が持ちかけられても、実際の世界市場では5倍で取り引きされていたという事例もある。
・カカオ豆の国際価格が高騰し、日本のチョコレート関係者は本当に困っている。
・大手メーカーはチョコレートの量を減らした商品などで対応することも可能だが、ダークチョコレート一本で勝負するビーントゥバーのお店は大変苦労している。
・オリーブも干ばつと洪水で打撃を受け、オリーブ油が高騰している。
「カカオの原産国であるガーナで、カカオの半加工品も作られるようになった」という話は新鮮でしたが、ガーナでは、他国からカカオ豆を輸入して半加工品が作られる事態にまで発展しているようです。
大温室のカカオの木・カカオの花・カカオの実
食事後、佐藤先生から「あっそうだ。カカオの木に花が咲き、実がなっているから見に行こう!」とお誘いいただき、2人で大温室のカカオを見に行きました。
(カカオの木とカカオの実)
確かにオレンジ色のカカオの実がなっていました。
(カカオの花)
さらに近づいてみると、木から小さな白い花が咲いている様子も確認できました。
木から直接花が咲いたり、実がなったりするカカオは、よく考えると不思議な植物です。
その後、佐藤先生は講演会会場へ向かわれ、私はしばらく温室内を観察して回りました。
展示資料館・人の暮らしを支える「植物と油」展
講演会開始時刻が近づいたので,展示資料館へ行きました。
(めーでるちゃんと展示資料館)
展示資料館1階は、人の暮らしを支える「植物と油」展の展示会場となっています。
(人の暮らしを支える「植物と油」展・展示会場入口)
植物と油の関係について、クイズも交えながら楽しく学ぶことが出来ました。
(植物があぶらをつくる理由)
「植物があぶらをつくるのは、いきのこるためなんだよ~」
確かに、人間が体内に脂肪をため込むのと同じ理屈です。
油(脂)を美味しいと感じるのも、他の栄養素に比べてカロリーが高く、生き残るために優位な食べ物だからです。
講演会「植物からとれる油で作るお菓子の王様 チョコレートの魅力」
この展示資料館の2階講堂で、佐藤清隆先生による講演会「植物からとれる油で作るお菓子の王様 チョコレートの魅力」が開催されました。
講演に先立ち、植物公園の職員さんから、特別企画展のチラシ、A3版のメモ用紙、鉛筆、紙コップ、スティックシュガー、おかずカップを御用意いただきました。
(メモ用紙・鉛筆・紙コップ・スティックシュガー・おかずカップ)
「楽しい講演にするため、佐藤先生が色々考えてくださったんだ」と感謝の気持ち一杯で受講しました。
講演はチョコレート作りの実演から始まりました。
(液状のカカオニブと油の結晶(粉末))
カカオニブをドロドロに溶かしたものに、白い粉を混ぜ合わせています。
この粉は砂糖ではなく、「BOB」と呼ばれるパウダー状の油脂で、ココアバターの結晶を5型にするために使われます(※)。
※ココアバターの結晶は1型から6型まで6種類あり,4型から下だと指で触るだけでチョコレートが溶けてしまい,逆に6型だと固すぎて口の中でチョコレートが溶けないため,一般的なチョコレートとしては5型が適している。
作業中、カカオの実の模型も紹介されました。
(カカオの実(カカオパルプ))
カカオの実を半分に割ると、このように白いワタ(カカオパルプ)と、その中にカカオ豆(正確には種)が入っています。
続いて、液体チョコレートの中の空気を抜く「タッピング」作業が実演されました。
この作業は会場の子どもたちも参加して行われました。
(タッピング作業の様子)
タッピングは,チョコレートを板状に薄く延ばすための作業でもあります。
バシャンバシャンと、金属製のトレーが机に打ち付けられる大きな音が会場内に響き渡りました。
タッピングを終えたチョコレートは、すぐに冷蔵庫に入れて冷やし固められました。
「カカオ豆産地の食べ比べ体験」も行われました。
まず最初にフィリピン産カカオ豆が配付されました。
(カカオ豆とカカオ豆の皮(フィリピン))
トリニタリオ種です。
参加者全員で(ロースト)カカオ豆の皮をむき、中のカカオニブ(カカオの胚乳)を取り出す作業を行いました。
写真左が外皮の「カカオシェル」と薄皮の「カカオハスク」、中央の黒いのが取り出した「カカオニブ」、右が元のローストカカオ豆です。
続いて、ホンジュラス産カカオ豆が配付されました。
(カカオ豆とカカオ豆の皮(ホンジュラス))
クリオロ種です。
最後にボリビア産カカオ豆が配付されました。
(カカオ豆とカカオ豆の皮(ボリビア))
「Beni(ベニ)」という、カカオ豆の3大品種(クリオロ種、トリニタリオ種、フォラステロ種)とは異なる野生品種のカカオです。
ボリビアの源流域で昔ながらの状態で残っていた貴重なカカオ豆で、佐藤先生が農園から直接仕入れてくださったそうです。
野生品種だからか、ほかのカカオ豆と比べてかなり小さく感じました。
今回御用意いただいたカカオ豆の原産国の位置は、次の地図のとおりです。
(カカオ豆の原産国)
(帝国書院白地図の一部を引用・加工)
地元に居ながらにして、世界各地のカカオ豆を味わえる幸せを感じました。
(3種のカカオ豆の皮むきと味見)
3種のカカオ豆の皮むきを終え、カカオニブをそれぞれ所定の位置に置きました。
テイスティングの際、口の中をリセットさせるよう水が用意され、あわせてチョコレートの味に近づけるための砂糖(グラニュー糖)も用意されました。
準備ができたところで、参加者全員でカカオニブを1つ1つ実際に食べてみて、味や香りの特徴・違いを確認しました。
私はテイスティングの結果を次のグラフのようにまとめました。
(カカオ産地別の特徴(テスト))
フィリピン産は、酸味が先行し、苦味も強く、渋味もあるように感じました。
ホンジュラス産は、ワインのような風味とコクがあり、渋味が少なく、後から酸味が追いかけてくるように感じました。
ボリビア産は、ナッツのような香ばしさがあり、酸味と苦味は少なく、少し渋味もあるように感じました。
そして、この3種のカカオの中では一番クセが少ないように感じました。
いよいよ、ブラインドテストです。
テストの内容は、佐藤先生が選んだカカオニブとチョコレートを食べてみて、それらがそれぞれどこの国のものかを当てるというものです。
(カカオニブ)
カカオ豆の大きさで見分けがつかないよう、砕いたカカオニブが用意されました。
(カカオニブとチョコレート)
カカオニブとチョコレートを食べてみると…カカオニブはワインのような風味を感じ、チョコレートは酸味が強いと感じました。
そこで私は、カカオニブはホンジュラス産、チョコレートはフィリピン産に挙手しました。
果たして正解は…カカオニブはホンジュラス産、チョコレートはフィリピン産で、私は当てることが出来ました。
参加者50名の中で私を含む7名が正解でした。
このテイスティングのほかに、カカオやチョコレートに関するクイズも出され、楽しみながら学ぶことが出来ました。
(佐藤先生から、正解を知っている私は答えないよう指示が出ましたが…)
講演当初にタッピングしたチョコレートが冷やし固められたので、その板チョコレートを一口サイズに割る体験も実施されました。
(子どもたちによるチョコレート割り体験)
みんな一生懸命取り組んでいました。
このチョコレートと、余ったカカオニブは、お土産としていただきました。
(カカオニブとチョコレート(お土産))
1つの袋に詰めるとごちゃまぜになり、何産のカカオニブ・チョコレートかわからなくなりましたが(笑)
今回の講演会で新たに学んだこと
今回の講演会で私が新たに学んだことをまとめます。
・カカオ豆と呼んでいるものは、本当はカカオの種。
・カカオの木に直接花が咲いたり、花の隣に実ができたりするのがカカオの特徴。熱帯には季節がないためにこうした現象が起きる。
・カカオ(チョコレート)も、ワインと同様「テロワール(土壌、自然環境)」が問われるようになっている。
・ドロドロの成分は「油」。25℃以下で固まってしまう(熱帯では固まらない)。
・カカオニブの胚芽(ジャーム、チュニブ)は、やがてカカオの木の幹となる。
(カカオニブ(縦割り)とカカオニブの胚芽)
・カカオの生産国は、西アフリカ(ガーナとコートジボワール等)で約60%を占める。
・西アフリカでの異常気象(大雨、洪水、高温、干ばつ)の影響で、カカオ豆の国際価格が高騰している。
・安定供給ができるよう、カカオの生産地を拡大する動きがあり、特にアジア(フィリピンからスタート)が注目されている。
まとめ
講演会終了後,佐藤先生に御挨拶し、会場を後にしました。
改めて展示会場を回ってみると、チョコレートに関する展示もありました。
(チョコレートも油からできている)
チョコレートも油でできており、植物が油を作るのは生き残るためであることが理解出来ました。
私たちもチョコレートの美味しい幸せを感じつつ、生き残るためにチョコレートを食べましょう(笑)
<関連サイト>
「広島市植物公園」(広島市佐伯区倉重三丁目495番地)
<関連記事>
「食文化関連記事一覧表・索引」の「食文化事例研究」にある「チョコレートの研究」を御参照ください。
<参考文献>
佐藤清隆「チョコレートを極める12章」幸書房
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「植物と油」展というから、てっきり日清サラダ油の宣伝かと思いませんでした(^.^)
記事のタイトル見てましたから(^_−
昔は「便所飯」などと言う忌まわしい言葉もありましね(^_^;)
今は「孤独のグルメ」や「晩酌の流儀」などがシリーズ化されていますが(^.^)
テイスティングに合格して、佐藤先生にもお弟子さんと認められた様ですね (^.^)v
投稿: なーまん | 2024年11月17日 (日) 18時09分
広島市植物公園はよくカカオのイベントされているんですね。
コウジ菌さんの記事によく登場するからか、何だかそんなイメージです。
カカオ豆って、産地でそんなに味が違うものなんですね。
気候や土壌の違いが味に出るのでしょうか。
日本なら沖縄で作れそうですが、沖縄だとどんな味になるのかなあ?
投稿: chibiaya | 2024年11月17日 (日) 21時37分
なーまん 様
なーまんさん、こんばんは。
いつもコメントいただき、ありがとうございます。
そうですね。記事のタイトルで最初から「チョコレート」と書いたので、サプライズが無かったですね(笑)
ただ、日清オイリオグループの御協力があったことは確かです。
さすがに便所飯まではしようと思いませんが(笑)、ブログ取材の時は特に、1人で全身全霊をかけて食事に集中するタイプです。
今回は佐藤先生と一緒に食事することにより、講演会よりもたくさんのチョコレートのお話を聴くことができ、とても有意義なひとときとなりました。
その分、佐藤先生も私も食事よりも会話に夢中になってしまいましたが…(笑)
佐藤先生とは通常、年1回のペースでお会いしますが、今年はすでに3回お会いしました。
だんだんと専門的なお話をしていただけるようになり、私も追い付いていけるように勉強しなければと思っております。
投稿: コウジ菌 | 2024年11月17日 (日) 22時29分
chibiaya 様
chibiayaさん、こんばんは。
いつもコメントいただき、ありがとうございます。
広島市植物公園は珍しくカカオの木があり、チョコレートの専門家・佐藤先生も広島県内に住んでおられるため、バレンタインデーを主軸に、よくカカオ・チョコレートのイベントが企画されています。
カカオ豆、産地による味や香りの差は結構大きいです。
おっしゃるように気候や土壌によるものなのでしょうが、ローストされたカカオニブを食べると、直感的に「あっ、これはワインのような香りがする」とか「酸味が強い」とか「後から苦味が追っかけてくる」という具合に、はっきりとした違いや特徴がわかります。
その記憶が確かなうちに、ブラインドテストでカカオニブを食べると、「さっきの○○産とよく似ている」と思えるのです。
カカオ豆ですが、南北緯度20度以内がエリアなので、北緯25度前後に位置する沖縄では一般的には栽培できないエリアとなっています。
ただ、温暖化が進む中、今後は沖縄でも栽培できるようになるかも知れません。
沖縄産カカオを使った国産チョコレート、完成すれば人気出るでしょうね!
投稿: コウジ菌 | 2024年11月17日 (日) 23時00分